Without Doing Gently




彼の問いに答える勇気など、私には無かった。

『俺、強くなったかな』

そう聞かれた瞬間、素直に頷くことは出来なかった。
言葉にするのが怖かった。
『うん』と言っても、それは彼を更に追い詰めるだけだと織っていた。
『いいえ』と言えば、彼が傷付くと織っていた。
だから、私は答えなかった。
彼の問い掛けから逃げ出した。

『何、言ってんの』

冗談めかした返事をして、笑ってごまかした。
彼は、何も言わなかったけれど。




キッチンでは、ミリィが料理をしていた。
冷たいデザートを作ったは良いが、考え事をしていた為、溶かしてしまった。
彼女にしては珍しい失敗だ。
「あーぁ」
溶けたアイスクリームを持ったまま、ミリィはため息をついた。
「こんな時の予感、結構当たるのよね」
苦笑して、キッチンの流し台に食器を下ろす。
洗う気にもなれず、床に座り込んだ。
もう一度、ため息をつく。
「厭だなぁ…」
膝を胸に寄せて、額を擦りつける。



「どんな顔すればいいのよ」



ケインの笑顔を見て、感じた。
直感だろうか。



―――あぁ、私は置いて行かれる



――…と。
両親を失う時もそうだった。
何となく感じる不快感。
締め出されたような疎外感。
理由のわからない不安が、そこにあった。
「こんなにも…怖いだなんて」
頭を振って、無理に笑顔を作る。
ぎゅ、と自分を抱きしめた。
「独りが怖いなんて、子どもの思うことだわ」
溢れそうな涙をこらえる。
その時、思った。
「違うわね」
腕を掴んでいた力を強める。
「子どもだったら、こんな時、素直に泣けるもの」
苦笑して、顔を上げた。




―――大人にもなれない。子どもにも戻れない




ならば、自分は一体何なのだろう。
何かしたいはずなのに、何も出来ないでいる。
そんな自分がもどかしくてたまらない。
「私は、貴方の足枷にしかならないの?」
すぅ、と目を閉じて、呟く。




「貴方の安らげる場所であればいいのに、ね」




―――そうしたら、私を置いて行けないでしょう?





キッチンを散らかしたまま、ミリィは出て行く。
片付ける気も起きない。
「…明日やろ」
『ソードブレイカー』の中の、自室へと足を運ぶ。
部屋に戻ると、いつも通りの自分の部屋。
それが何故か、他人のものに思えて仕方が無かった。
シャワーを浴びて、ベッドへと倒れ込む。
冷たいシーツが熱くなった体に気持ちよい。
「眠れないなぁ…」
足を放り出して、ごろり、と寝返りを打つ。
とりあえず、灯を消して目を閉じた。
そのうち眠ることが出来るだろうと考えて。
手頃な本は読み終えたし、日記もつけた。
することも無いし、したいことも無い。
やる気が起きないのも手伝って、ただ、眠ってしまいたかった。
「こういう時って、何で眠れないのかしら」
耳も冴えて、小さな電子音まで届いてくる。
それに混じって、ヒトの足音も。
(足音?)
考えてみれば、この船に乗っているのは自分とケイン。
キャナルも考えるのならば、3人のみ。
キャナルが移動するのに、足を使うのは、自分達といる時だ。
1つの足音しかしないということは、十中八九ケインだと織れた。
段々とミリィの部屋へと近付く足音。
もし、自分に用があるのだとしたら、どうしたら良いのか分からない。
混乱する頭の中で、彼女は狸寝入りを決め込んだ。
(別の部屋に用があるのかもしれないし!)
そう願って、ケインが通り過ぎるのを待った。
だが、予想通り、足音はミリィの自室の前で止まった。
ノックしようとして、躊躇われる影。
響く心臓の音。


―――出て行けって、言われるのかな


煩く鳴り響く鼓動は、とても冷めたものに聞えた。


―――それとも、黙って置いて行かれるのかな


静かに、ケインは部屋へと足を踏み入れる。


―――でも、どうせなら


ベッドの傍らへと膝まづいた。
泣きそうになる顔を隠す為、寝ぼけたフリをして笑う。


―――貴方を忘れたくなるくらいの絶望を頂戴


「だから、ゴメン…ミリィ」






ケインがくれたのは、冷たく暗い絶望などではなくて。



―――え?



「…ぅ…ん…」


唇に優しく触れる、あたたかいキスだった。




ドアの閉まる音がいやに響く。
その後姿に背を向けて、ミリィは目を開く。
そ、と唇を指でなぞった。



「ズルイ…よ…」



言って、目を閉じる。



「置いて行くくせに、優しくしないで…」



胎児のように体を丸めて、ミリィは無理矢理眠りへと落ちさせた。



辺りに響く、エンジン音。
ミリィは毒づきながら、勢い良く振り返った。
しかし、そこで見たのは良く織った船。
半ば放心状態で宙を見上げた。




「…何よ……それ…」




―――ほら、やっぱりそうじゃない



ほんの少しだけ期待した。
あの優しいキスの意味を。
もしかしたら、傍にいさせてくれるのかも、と。
織らず、体の奥が熱くなってくる。


―――傍にいたい


浮かんでくる想い。
こんなにも強く想ったことがあっただろうか。





「…待っていなさいよ、ケイン」




こんなにも、ヒトを愛したことがあっただろうか。
感じたことの無い熱が、電流が、身体中を走る。
ミリィは宙を見上げて呟いた。






「後悔させてやるんだから…!」




ただ、待つだけなんて止めたの。
駄目なら、諦めるのがカッコいいと思ってた。
潔く、がクールだと感じてた。
でも、そんなの違うね。
カッコ悪くても、みっともなくても。
愛しいと想う気持ちを、止められないと織らなかっただけ。




今はただ、貴方を追いかけたいと想ったの。






END

あとがき。

ミリィ視点です。
ちょっとヲトメな感じでv(爆)
なりふり構わず、なミリィも好きですが、
こんな風に大人っぽい感じのミリィも書くのが楽しいです。
どっちかというと、私の書くのがシリアスだから、
こっちのが書き易いってのもあるんですが。

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