With Love
あのおぞましい光景も、
あの鼻につく血の匂いも、
すべてが夢だったら・・・・。
もしそうだったら、目が覚めたら笑顔で
”おはよう”って君は言ってくれるのかな。
きっと、僕は泣き出してしまうだろうね。
あまりにいつもの風景で安心してしまって。
でも、あれは夢でも幻影でもなくて、
紛れも無い真実なんだ―――。
明るい日差しの中、花たちが美しく咲き乱れる。
その中にある道を、1台のジープが走っていた。
遠くにいても分かるくらいの賑やかな声が響く。
「腹減った―――ッ!!なあ、八戒っ」
「同じ事しか言えねえのかよ、この全身胃袋ザル!」
「うるせえっ、仕方ねえだろ!減ったもんは減ったんだから!!」
約1名、額に青筋が立っている。
見るからに、不機嫌という3文字が刻まれているようだ。
運転している八戒は、やれやれといった風に苦笑してみせる。
(そろそろ、ですね)
そう思った瞬間、小気味良いハリセンの音が響く。
「うるさいのはお前だ、馬鹿ザル!!」
三蔵は走行中にも関わらず、助手席から立ち上がり、後ろに座っている悟空を殴った。
悟浄はというと、端のほうによけながら笑っている。
「へっ、ざまあみろ」
「ってえ〜!」
「フン」
ハリセンを肩にもたげながら、助手席に座り直す彼に、八戒は話し掛けた。
「でも三蔵、もうすぐお昼ですよ。あそこに丁度良い木陰もあるようですし、休憩しませんか?」
言われてみると、あと100mくらいのところに大きな木が見える。
三蔵は前方を見て頷いた。
「そうだな」
何かを見るのに目を細めるのは、彼が目が悪いためだ。
だんだんとスピードを落とし、ジープが止まる。
悟空はバスケットとシートを持って、ジープから飛び降りた。
一直線に、木の下へと走っていく。
「早く来ねえと、全部食っちまうぞ!!」
悟浄はビールを降ろしながら、悟空に叫ぶ。
「オイ!マジじゃねえだろうな、テメエ!!」
「悟浄、いくら悟空でもそれはありませんよ」
その証拠に、悟空は誰もいないからといって、他人のものを食べることはない。
本人がそばにいるのなら、遠慮無く頂いてしまうが。
「ジープ、この道狭いですから、戻ってくれますか?」
キューと鳴き声をあげて、車の形から竜のそれへと変貌する。
何も知らない者が見れば、驚いて腰を抜かしてしまうかもしれない。
ここにいる人間たちは、初めてでもそんなことは無かったが。
八戒は、ジープの背を撫でながら悟空達の方へと歩いていく。
そして、振りかえって三蔵に呼びかける。
「三蔵、急がないと悟浄にビール、全部飲まれちゃいますよ?」
「そのときは、あの頭に鉛弾ぶち込めばいいだけだ」
あはは、と八戒は笑ってみせる。
(そんなこと言って、当てたことないでしょう?)
内心ではそう思っているのだが、言えば間違いなく彼の機嫌を損ねてしまうだろう。
「何だ」
「いいえ、何もありません」
彼は笑顔で答え返した。
昼食を終え、少しの間昼休み。
悟空はそのあたりの探検。
悟浄は昼寝。
三蔵は新聞を広げている。
「さて」
「八戒、どっか行くのか?」
悟浄は閉じていた瞳を開いて、肩越しに八戒を視界に入れる。
「ええ。花が綺麗なので、僕も散歩してきます」
いつもの笑顔。
なのに、どこかが違う。
(気のせいか?)
悟浄は歩き出す彼の背中を見送りながらひとりごちた。
気付けば、三蔵も八戒の方向を見ている。
「三蔵?」
「・・・何を無理しているんだか」
呟くようなその声に悟浄は目を見張る。
その視線に気付いた三蔵は悟浄に顔を向けた。
「何だよ」
「いや」
悟浄はふざけるように笑った。
「三蔵様ってば、みかけによらず心配性?」
チャキ。
金属音が響く。
三蔵が愛用の銃を構えた音だ。
明らかに怒りの色が見える。
「覚悟はいいか?」
「うわ、冗談だって!」
慌てて起きあがり、悟浄は両手を挙げる。
「アイツさ」
ふと真剣な顔になった悟浄に、三蔵は銃をおろす。
「つらい時ほど、笑おうとするんだぜ?」
ザアッと、花びらを運びながら風が通り過ぎていった。
「生きてるんだからよ、もっと肩の力抜いていいと思うんだけどな」
思った通りだった。
そこに咲き乱れていたのはユリの花。
「香りがしましたからねえ」
誰に話し掛けるでもなく、彼は口を開いた。
『悟能、見て!綺麗でしょう?』
丁度良い場所に座り込み、瞳を閉じる。
『私、真っ白なユリが一番好きだわ』
両手いっぱいにユリの花を抱えて、笑いながら悟能に見せている。
髪を三つ編みにして、白いワンピースを着ている女性。
首から、クロスのペンダントを下げている。
『悟能は、何の花が好き?』
『僕は・・・』
「僕も、ユリの花が好きだよ」
瞳を開き、笑顔で誰もいない前方に笑いかける。
そんな自分がおかしくて笑ってしまう。
誰もいるわけがないのに。
君がいるはずないのに。
「花喃」
その名を呼ぼうとも、返事はない。
分かっているのに。
そこにいるような気がして、
笑顔で、僕の名前を呼んでくれるような気がして。
「抱きしめたいなんて、許されるはず・・・」
僕が君を殺してしまったようなものなのだから。
守ると言ったのに、守れなかった。
『ねえ悟能。私たち、もう一人じゃないんだね』
そう。
一人じゃなかったんだ。
「僕たちは一人じゃないんだ」
強い風が通り過ぎる。
八戒は絶えられず、両手で顔を守り、思わず目を閉じた。
『悟能』
「・・・え?」
手を下げて、ゆっくりと目を開く。
ユリの花が咲き乱れる中、一人の女性が立っていた。
それは、3年前と変わらぬ笑顔で。
「花喃・・・」
八戒は、呆然と立ち上がり彼女を見やった。
「どう、して・・・」
『悟能、ううん、”八戒”だね』
名前を言い換えて、彼女はクスと笑った。
「夢なのかな。君がここにいるなんて」
やっとのことで、言葉らしい言葉を口に出す。
『さぁ、どうかしら?』
きっと、許されたのは少しの時間。
彼の表情はまだ硬い。
驚きは隠せないようだ。
『さよならしか言えなかったから』
少し彼から目を逸らし、空を見上げた。
「花喃?」
彼女は顔の位置を元に戻すと、真っ直ぐに八戒の瞳を見つめた。
『私を愛してくれてありがとう。そして・・・』
「それ・・・」
それは、僕も同じだ。
簡単な言葉なのに、出てこない。
『守れなくて、ごめんなさい』
八戒に、また驚きの色があらわれる。
―――守れなかったのは僕なのに・・・?
『貴方と出会えて良かった。・・・愛しているわ、”八戒”』
再び強い風が吹く。
花びらや草に、花喃の姿がかき消される。
「待って、花喃!」
八戒は手を伸ばす。だが、届かない。
届くはずが無い。
この手が、彼女をつかまえられるはずが無い。
(それでも・・・)
伝えなければ。
「花喃、僕も・・・っ!」
一層、風が強くなる。
彼女は笑った。今まで見たどの笑顔よりも綺麗に。
『生きて、八戒。どうか、倖せになって』
「花喃ッ!!」
「八戒!!」
「・・・・え・・・?」
目を開くと、そこには悟空がいた。
八戒は体を起こしながら、あたりを見回す。
「ここは・・・」
「何寝ぼけてんだよ、八戒」
「寝ぼけて・・・?僕、寝てたんですか?」
自分の置かれている状況がよく把握できない。
さっきまでのユリの花畑。
そこには自分と悟空しかいない。
(・・・夢?)
「そう、ですよね。夢・・・ですよね」
「八戒?」
悟空は、八戒を見下ろした。
「どうかしたのか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。少し、夢を見ていたようです」
八戒は笑顔で悟空を見上げる。
「倖せな夢を・・・」
「ふーん?」
よく分からないといった風に、悟空は首をかしげる。
「ま、いいや。早く戻らねえと、三蔵たちが待ってんぞ」
「そうですね」
歩き出したが、悟空が走っていく姿を眺めた後、八戒はユリの花畑を振り返った。
そして、誰にともなく笑いかけた。
いや、彼女に笑いかけたのかもしれない。
「・・・僕を愛してくれてありがとう。愛しているよ」
これからも、ずっと、きっと。
「花喃・・・」
守れなくて、ごめんね。
そばにいられなくて、不安にさせて。
でも、
「愛しているよ」
これは本当なんだ。
八戒は、同じ言葉を繰り返した。
もう、後ろを振り向かずに歩き出す。
前だけをしっかりと見て。
彼が去った後、花畑の中には一人の女性がいた。
『もう、大丈夫だね。八戒・・・』
彼と同じ、あの優しい笑顔で。
安心したように。
エンジンのかかる音が響き、再びジープが走り出した。
「あと1、2時間もすれば街に着きますよ」
「八戒」
三蔵は、前を見たまま八戒の名を呼ぶ。
無論、八戒も運転中なので、前を見たまま返事する。
「何ですか?」
「・・・いや、何でもない」
「?」
三蔵は、後部座席に振り返る。
それに気付いた悟浄は、口元に笑みを浮かべた。
「いいんでない?」
「何がです?」
「秘密♪な、三蔵様?」
「何のことだ」
素知らぬふりをして、三蔵は視線を戻した。
悟浄は、思わず笑い出す。
悟空だけが蚊帳の外で、状況が分からない。
「何だよ、お前らだけ〜っ!」
助手席と運転席の間に顔を出し、前に乗り出した。
「ほら、危ないですよ悟空」
「だって〜」
しゅん、と仔犬のようにうなだれる悟空を見て、
八戒は声を掛ける。
「きっと、街に着いたら教えてくれますよ。ね、三蔵、悟浄。」
返事はないと分かっていながら、声を掛けるのもおかしなものだと内心感じているが。
「絶対だなっ!」
「俺は約束した覚えはない」
そっけない三蔵の態度に、悟空は八戒に目で訴える。
悟浄はもともと眼中に無いようだ。
尋ねても、きっと冗談でかわされることが分かっているのだろう。
「でも、約束なんて暗黙の了解だと思いません?」
「・・・そうかもな」
悟浄はそう答え、くわえていたたばこに火を付けた。
花喃、もしあれが夢だったとしても
きっと、構わないと思うんだ。
君が、どんな形でも僕に会いにきてくれたから。
笑顔でいてくれたから。
世界で一番倖せな夢。
君を愛して良かったと、誇りに思うよ。
―――心から君に愛を込めて。
END
あとがき
1日で仕上げたので、何を書きたかったのかまったく分かりません!(汗)
ただ、花喃殿が花畑の中にいる話を書きたかっただけなのです。
実際、思い付いたのは花喃殿が出てきたシーンだけです。
それに肉付けしていったらこうなりました。
愛する人に、泣き顔でさよならを言うのは、自分もつらいのです。
どうせお別れするのなら、”ありがとう”の方が私は良
いなあ、と思ったのです。さよならって言葉は寂しいような気がします。
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