ほのかにそまるだいだいは、きっとむかしのままにある。 |
君と私、橙色に染まる頬 |
オレンジジュースを滲ませたような空が、雲をわたあめのように染め上げた。 日暮れ、夕暮れ、黄昏時。 夜へと向かう、ほんのひととき。 こつんと蹴った小石もほんのり橙色で、何だか不思議と嬉しくなった。 ふと、伸びた影の先っぽに見知った背中を認める。 「あ、エドだ」 「げ、ウィンリィ」 間違いなく顔を顰めたエドワードに、 ウィンリィは荷物に塞がれ動かせない腕の代わりに足で蹴りを食らわせた。 当たったのは左足、機械鎧の硬い感触が足の裏に広がる。 「げ、って何よ!相変わらず失礼なヤツねっ」 頬を膨らませて、眉を吊り上げる。 高く結い上げられたはちみつ色の髪が、とろん、と揺れた。 痛くは無いが、衝撃はある。 エドワードはウィンリィを睨みつけ、すいっと目を逸らした。 ぼそりと呟く。 「……暴力女」 本当に小さな声であったのに聞こえていたらしく、 本日2回目の蹴りが今度は右足に見事に決まった。 ざり、と土を踏む足音。 暮れていく空を見上げ、へへ、と微笑う。 「んだよ、気持ち悪いな」 ウィンリィの荷物は、現在エドワードの右腕の中。 紙袋の中はどうやら夕食と朝食の材料。 バケットの香ばしい香りに、腹が鳴り出しそうだ。 「たまに帰って来たと思ったら憎まれ口ばっかりね、アンタ」 胡乱げに目を細めた後、べぇっとウィンリィは舌を出す。 お気に入りの茜霞みのワンピースも、今は夕焼けと同じに溶け込んだ。 ふわりと靡く裾が目に入り、エドワードは慌てて目を逸らす。 「エド?」 黙り込んだ彼を訝しみ、ウィンリィは小首を傾げてエドワードを覗き込んだ。 「何?」 「な、にがっ」 「いや、何がと訊かれても」 分からない。 思い当たる節が無い。 彼が仏頂面なのはいつも通りだ。 だのに、何かが違う。 今し方ウィンリィが言った台詞と同じように、 何が、と訊かれたらきっと答えられないほど僅かな。 うぅん、と悩んだ末に、ウィンリィは思いついたようにひとつ大きく頷いた。 「なっ」 エドワードの顔が引きつる。 触れた手、絡められた指、左手に感じるぬくもりは自分だけのものでは無い。 振り解こうとして荷物を落としかける。 体制を整えて、何とか事無きを得た。 「何なんだイキナリ!!」 「何って、手を繋いだだけでしょ?」 ほら、と自分の手と彼の手を掲げてみせる。 「昔みたいにしたら、分かるかなと思って」 ぽつんと零した呟きに、今度はエドワードが首を傾げる。 琥珀色の瞳に橙が混ざって、顔を上げた時には山吹色のように見えた。 ウィンリィはぶん、と大きく前後に腕を振る。 「…変なの」 風船のように頬を膨らませ、口を尖らせた。 知っているのに、知らない顔。 知っているのに、知らない声。 知っているのに、知っているのに。 置いていかれたような、この気持ちは何だろう。 「変なのはお前だ」 呆れて返す彼に、ウィンリィはだって、と口を開く。 「分からないんだもん」 「は?」 「昔は、全部一緒だったのに」 ウィンリィが立ち止まれば、自然エドワードも立ち止まる。 そんなに遠くないはずの過去。 なのに、とても遠く思える場所。 「エドは、どこへ行っちゃったの?」 ぎゅっと握る手に力を込めた。 痛くは無いはずなのに、エドワードは眉根を寄せる。 「私、エドを知らないよ」 振り返ることの無い背中。 見送るのはいつも、小さな紅いコート。 幼さを日ごとに失っていく後姿。 俯いたウィンリィに嘆息し、エドワードは彼女の旋毛から視線を背けた。 「まぁたワケの分からんことを」 「知らないんだもん!」 離れようとした手を更に強く握り、ぐい、と引っ張る。 拗ねたような面持ちで、ウィンリィはエドワードを睨みつけた。 「そんな顔するエド知らない!」 何をどうすれば良いと言うのか。 困り果てて、エドワードはこつん、とまたもや俯いてしまったウィンリィの頭に自分の額をくっ付ける。 「ウィンリィ」 聞いたことの無い、優しい声。 この前会った時よりも、少しだけ低くなった気がする。 悔しい。 何故だかそんな想いが込み上げてきた。 理由は、分からない。 「そんな声、知らない」 ぽたり、と地面に雫が落ちて吸い込まれる。 「何でまた泣くんだよ、お前は」 苦笑したのが分かった。 ウィンリィは益々顰め面になる。 もどかしい想いの名前が見えない。 心に渦巻く感情は何だろう。 「だって、エドが」 甲高い声を混じらせながら、ウィンリィは手の甲で目を擦った。 「俺が?」 やはり何故だか、理由は分からない。 分からないけれど、ぶわっと涙が溢れてきて止まらなかった。 「…エドの、莫迦ぁっ」 「って、ほんとに泣き出すな!!」 エドワードは何か拭く物でも無いかと考えたが、 考える前にそんな気の利いたものを持ち歩いているかという結論に辿り着いた。 あぁもう、と吐き捨てる。 エドワードは繋がれたままの左手を引いて、ウィンリィを自分の胸へと引き寄せた。 荷物を抱えたままの右腕で、彼女の頭を抑え付ける。 「泣くんなら、そこで泣け!」 拭くものなんざ持ってねぇんだよ、と零すエドワードにウィンリィは思わず噴出す。 肩が震え始め、ついにはころころと笑い出した。 無遠慮なその態度に、彼が睨みつける。 ウィンリィは顔を上げて、くすり、と双眸を細めて笑った。 橙が滲んだ蒼い瞳は、少し深いアッシュグレイにも見える。 「エドの顔、紅い」 「お前もだろ」 彼がそっぽを向いて答えれば、ウィンリィはきょとん、と瞬きをした。 ふぅん、と人差指を顎に当てる。 「そっか。じゃあ、良いや」 ―――君と同じなら、それも悪くない はにかむように頬を緩ませ、ウィンリィは思い直して足を踏み出す。 肩越しに振り返り、早く、と急かした。 「帰ろう、ばっちゃんとアルが待ってる」 「おぅ」 可笑しそうに笑うエドワードは昔の笑顔そのままで、変わらないんだとひとり思う。 並んだ影に嬉しくなった。 日暮れ、夕暮れ、黄昏時。 同じに染まった君の頬。 知らないものばかりじゃない。 照れた夕日に並ぶ影。 END 『幼なじみに贈る10のお題』/お題提供サイトさま⇔水影楓花 |
あとがき。 |
エドウィン企画サイト様に投稿ブツ。 恋心に気付くよりももう少しだけ前のふたり。 投稿時と、タイトル違いますゴメンナサイ。 お題は『照れる夕日に並ぶ影』。 ほのぼの思春期って良いと思う! コレ書いてるとき、エドがウィンリィよりも身長が高く思えて、 でもエドのが低い事実を思い出して切なくなりました(笑)。 |
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