『今は昔 戦国の世に魔に穢されし巫女ありき |
憶ゆる廻りに眠りし時 |
<後編> ゆらゆらと揺れる炎が、暗闇を照らす。 古めかしい屋敷の一室のようだ、 「還して!私の子どもです!!」 「ならぬ。この御子は禁忌。生まれながらにして、呪われた者じゃ」 懸命に手を伸ばす若い女。 しかし、周りの者に羽交い絞めにされ、身動きが取れない。 泣き叫び、髪を振り乱す。 「いいえ、その子は違いますッッ!!」 抑えている者たちも、罪悪の感情が拭い去れず沈痛な面持ちだ。 侍女に抱きかかえられている幼子は、泣きもせず、無邪気に微笑っている。 年老いた男が、その赤子を掴み、掲げた。 「ならば、名をやろう」 一同はシンと静まり返る。 「『紅桜』」 弾けるように、泣き出す赤子。 「この御子には、その名がふさわしい」 「な…っっ?!」 「呪われし朔の宵に生まれた御子よ」 母親と思われる女は、狂ったように叫ぶ。 「我が子に、呪われし大木の名を宿すかぁッッ?!」 最早、怒りが体を支配している。 鬼子母神のような面。 食いしばった口元からは血が流れていた。 「血を吸い、魂を貪る、あの紅き桜の名を!!」 「蒼花を地下牢へ。落ち着くまで、外へは出すな」 腕を掴まれ、人形のように運ばれる蒼花。 「そうして、幾つの生命を闇に葬った?!」 尚も叫ぶ。 「朔の月が齎す力が、災いと成るなど莫迦莫迦しい!!」 迷信だと、若い者ならば笑い飛ばすだろう。 しかし、伝承では必ずと言っていいほど、朔の宵に御子が産まれた年、災いが起こる。 偶然にしては出来すぎていた。 「我が子は決して災いとはなるまいぞ!」 それでも、蒼花は信じようとはしなかった。 「決してな!!」 言いながら、彼女は気がふれたように笑い出す。 高笑いと共に、蒼花は連れて行かれた。 「紅桜を地下牢へ。殺しても災いは降りかかろうからな」 長と思われる老人は、忌々しげに吐き捨てた。 この後、蒼花の姿を見た者はいなかった。 「おい?」 呼びかけられ、ハッと顔を上げる。 「…何?」 永遠はしばし黙った後、立ち上がった。 「それでも」 動き出した彼女に合わせて、紅桜も視線を動かす。 「私は美しい名だと思っただけだ」 出て行く間際に、一度振り返る。 「言い忘れていた」 哀しげな笑みを浮かべたまま、永遠は口を開いた。 「私の名は『永遠』、だ」 パタリとドアが閉じられる。 紅桜は彼女が出て行った場所をじっと眺めていた。 「…『永遠』?」 その名が示す意は、『未来永劫変わらぬモノ』。 起きられるようになって、少しずつ食べ物も口にするようになった。 しかし、外へ出る様子は一向に無い。 この時代の世間から、自分の存在が受け入れられないと織っているからだ。 永遠も何も言わなかった。 「気が向いたら、言え。連れて行ってやる」 物言いは元来のものだろう。 偉そうな口調にも関わらず、不快な感じはしない。 「気なんて向かない」 「逃げてばかり、か」 「誰が逃げていると言うの?」 「お前以外に誰がいるんだ?」 重たい食卓。 紅桜が己の名を嫌っている所為だろうか。 永遠は彼女の名を一度も呼ばなかった。 無言で立ち上がり、紅桜は食卓を後にする。 生きて、何をしたいのだろう。 すっかり無くなった傷が、痛みを蒸し返す。 死にたくないと思って逃げてきたけれど、結局は何も出来ないでいる。 未だ、誰にも話せずにいる、あの光景。 思い出すだけで、背筋が凍る。 紅桜は階段を上りながら、蹲った。 襲い来る嘔吐感。 すぐに後ろから声がかかる。 「どうした?!」 肩に手をかけたが、払われる。 追い詰められた瞳は、永遠を映していながら、何も映していない。 目の前が真っ赤に染まる。 大きな瞳が、更に見開かれる。 「…ぁ…ああぁッッ!!」 永遠の腕に支えられて、紅桜は気を失った。 目を覚ませば、借りているベッドの上。 外はもう真っ暗だ。 傍らには、椅子にかけて居眠りしている永遠がいる。 無性に腹立たしくなってきた。 起き上がって、思わず手を振り上げる。 だが、寸での所で止めた。 その手は震えている。 「…殴らないのか?」 ビク、と肩が大きく揺れる。 紅桜は手を引っ込めた。 「…起きていたの」 「あぁ」 顔を上げて、横にあった髪を後ろにやる。 恨めしげに、紅桜は睨んだ。 「その目が…苛つくのよ」 ダン、とベッドを殴りつける。 「何でも見透かしたような、その目が!!」 永遠は黙ったまま、紅桜の言葉を受け止める。 「そうよ!!」 その瞳は涙で濡れている。 「あたしは何も出来なかった!!」 揺らめく紅い瞳は、炎の如く。 「護れなかった!!」 ベッドから降りて、永遠に掴みかかった。 「逃げることしか出来なかった!!」 拳で、永遠の胸を叩く。 「織っている!分かっていたわよ!!」 何度も叩かれるが、永遠は抵抗しない。 「だけど…っ」 嗚咽の混じった声が、すぐそばで響く。 どこか、羨ましく感じる自分がいた。 「あたしに、何が出来たって言うのぉ…っ?」 殴る手も力を失い、永遠の足元へずるずると座り込む。 声は、嗚咽そのものへと変わった。 永遠は嘆息して、紅桜の前に座り込んだ。 「やっと、言ってくれた」 ぐりぐりと頭を撫でて、永遠は微笑った。 「感情を押し殺して、何になる」 流れる涙をそのままに、紅桜は永遠を見上げる。 「スッキリしただろう?」 「…あ…」 弱気な自分も、強がっていた自分も、全部曝け出して。 立ち止まっていた自分の背中を突き飛ばす。 囚われていた時間から、抜け出した。 否、連れ出してくれた。 ―――敵わない 安堵したのか、また涙が溢れてくる。 「ふ…っ…えぇ…ぇっ」 幼子のように泣き出した紅桜の背中を、優しく撫でた。 「漸く動き出したな」 一歩ずつでもいい。 歩き出すことが出来るなら、きっと大丈夫。 「名前、は?」 永遠は、問い掛けた。 動き出した時間。 自分を変えたいのなら、名を変えるのも1つの手。 「貴方の呼びたい、名前で呼んで」 俯いたまま、目を閉じる。 「ね―――…永遠」 永遠は、窓の外に浮かぶ月を見て、頷いた。 「そうだな…。」 床の冷たさが、じわじわと伝わってくる。 「『紅』は血の色」 紅桜の体が一瞬震える。 「『生』の証だ」 見開かれる瞳。 見上げてきた紅桜に、永遠は微笑んだ。 「『桜』が示すのは、『儚さ』と同時に『強さ』」 幾度、春が廻ってこようとも咲き誇る。 気高き、大木の花。 散ろうとも、散ろうとも。 何度でも甦る、桜の花びら。 「『紅桜』の名が相応しい、と思う」 額を、永遠の肩に擦りつけた。 「…うん」 小さく頷いた。 優しく、微笑む。 「綺麗な名前、だね」 それが、初めて感じた笑顔だった。 ふ、と目を開き、顔を上げる。 「あ、寝てたの?」 上から覗き込む紅桜。 永遠は寝起きの為か、意識が朦朧としていた。 「…紅桜」 「ん?何なに?」 楽しそうに笑いながら、後ろから抱き付いてくる。 「いや。何でもないよ」 今思えば、彼女がいてくれたから生きて来たのかもしれない。 あの時、生きる理由が無ければ、母と同じ道を選びたかった。 死ぬことが出来ぬのなら、魂を封じてでも。 けれど、今は違う。 自分自身のために、生きたいと思える。 生きて、生きて、生き抜こうと思える。 共に歩む仲間がいてくれるから。 きっと大丈夫だと確信しているから。 END |
あとがき。 |
今回は紅桜視点かな。 永遠の過去話もあるのですよ。 そっちは、もろ、ラブストーリーですけれどね!! じゃなくて。 紅桜が逃げていたものについては、そのうち本編の方で書きます。 紅桜の名前の由来も、紅桜の里で受けていた扱いも、永遠と瑚胡李は織りません。 碧雲だけが織っています。何せ、唯一の紅桜以外の生き残りですからv 最初は、紅桜と永遠は仲が悪い・・・というか、あんまりお互いに踏み込もうとしてないですねえ。 極端に、怖がっていたのかも。 何でもかんでも、分かっているっていうのも嘘っぽいじゃないですか。 織らない部分もある。分かり合えない部分もある。 それが本当じゃないですか。 だから、織りたいと思う。織って行きたいと思う。 私は、それでいいと思うのです。 |