幼き頃、不思議に思うことなど幾つも在った。
疑問が浮かび、解消されては新たな疑問が形成されるなどよく在ること。
けれど、決して解けぬ疑問も在ったし、
分かりたくも無い答えも在った。
彼は今もきっと、父の残した言葉の意味を図りかねている。
―――御前に、護るものは在るか
答えは、否。
だが、何度繰り返し答えても、はっきりしない感情が渦巻く。
己以外の存在など、風に等しく通り抜けていくもの。
在って、無きもの。
ならば、言いようの無い、此の感覚は一体何だと言うのだろう。
「殺生丸様?」
呼ばれ、瞳だけを動かして脇を見やった。
全身緑の肌をした、小柄なヒトで無きものが怪訝そうな顔をして見上げている。
手にした杖の頂には翁と女の顔を模した頭が、絡み付く様にして撒きついている。
何処か子鬼を連想させる容姿で、
くすんだ茶色の狩衣を纏っている其の妖怪は、
生まれたての雛にも似ているかもしれない。
「如何なされました?」
瞳だけを動かし、脇に控える従者へと無言で返した。
「りんならば寝入っておりまする。昼間、あれだけ騒げば、夜は静かにもなるでしょう」
聞いているのか、いないのか。
そもそも、問うてもいないのに返された答えに、興味が無かっただけなのかもしれない。
従者は気付かれないように溜息を吐く。
「邪見」
「は、はいっっ!?」
大きく肩を揺らし、姿勢を正す。
溜息に気付かれたのかと、内心凍り付く思いだ。
恐る恐る、主を仰ぎ見た。
彼の向こうに耀く月は、きらきらしい銀の髪を照らし出す。
「御前に、護るものは在るか」
何を問われたか分からず、は、と間抜けな声が漏らされた。
けれど、直ぐに傅き、頭を垂れる。
「私が御護り差し上げたいのも、御護りすべきで在るのも殺生丸様だけでございます」
邪見の姿を横目に、殺生丸は空を仰ぐ。
矢張り、返されたものに言葉は無い。
慣れているのか、邪見は其れ程気にした風では無かった。
其れでも、添うか、とだけ短く答えた。
不思議そうに見上げれば、彼の視線は空へと向けられたまま。
普段から口数の少ない彼であるが、今宵は更に少ないように感じた。
其れを口にした処で、意味が無い上に、
手酷い叱りを受けるのも長年の経験から、重々承知している。
再び、如何した、とも聞けず、年老いた従者はただ黙って、彼の横顔を眺めていた。
少し拓けた高い岸壁の上、
殺生丸は振り向きもせずに口を開く。
後ろに控えていた、小さな影は深く頭を垂れた。
「其れは真か、邪見」
「は。此の邪見、然と此の眼で」
整った眉が、不快げに顰められた。
びくり、と邪見は身体を震わせた。
自分に八つ当たりが来るのでは無いか、と不安を滲ませたものだった。
「父上が、人間と…?」
呟きにも似た其れは、風の中に消えて行く。
「ほう、其れはまた」
声が聞えると同時に、丁度、向かい側に風が降り立つ。
長い髪が揺らめいた。
其の姿を認めると、殺生丸は微かに目を細めた。
「母上」
「久しいな、殺生丸」
母上と呼ばれた其の女妖怪は、女子に在るまじき快活さで微笑う。
どかり、と腰を降ろすと、露な組んだ腿に肘を乗せ、頬杖を付いた。
「此度は何処に行かれていたのです」
何の感慨も示さずに、彼は尋ねた。
否、他人に興味を示すこと自体が彼にとっての感慨なのやもしれない。
「火の国辺りに、物見遊山だ」
ひとつふたつ火山を噴火させてきてやった、と楽しそうに語る。
殺生丸の少し後ろに歩み寄り、邪見が膝を付いた。
「御久しぶりでございます、北の方様。相も変わらず、御美しい」
おや、と漏らし、彼女は喉を鳴らして笑った。
「嬉しいことを言ってくれる。口が達者に成ったな、邪見」
「世辞では在りませぬ」
「ならば、殊更嬉しきことよ」
添う言って、彼女は益々笑った。
例えるならば、炎のような、風のような笑み。
囚われることを織らぬ、自由奔放な。
「母上」
「うん?」
笑うのを止め、息子へと視線を投げる。
邪見は何時の間にか姿を消していた。
母子の会話の邪魔に成らぬよう、下がったのかもしれない。
目に映った彼の面は不愉快極まり無いと言っていた。
其の理由に見当も付かないのか、彼女は首を傾げる。
「父上の愚考、見逃す御積りか」
言われ、あぁ、と頷いた。
今思い出したようにも見えた。
其れが更に、殺生丸の眉間に皺を寄せる。
「御積り、だ」
何故、と言外に問うてくる。
彼女は遠くを見やり、ふ、と微笑った。
「あれにも久しく逢っておらなんだ」
夫婦と言えども、ヒトでない彼等に妻問い婚や、
共に暮らすという習慣が在ろうはずも無い。
其れは、殺生丸とて分かっている。
だが、だからと言って彼女の考えを鵜呑みにするには、
彼は余りに若過ぎた。
力有る妖怪の子を孕ませるのならば、未だ納得しようが在る。
然し、彼にとって、此の事態は納得する以前の問題だ。
いくら母が、他に女が出来ても仕方が無いと暗に示しても、
分かりたいとは思わなかった。
彼は歯噛みしながら、彼女へと口を開いた。
其れでも、面に表情は殆ど映さない。
彼女が聞いていたはずの先の呟きを、確認するように繰り返す。
「人間の女だと申します」
「変わり者の御館様らしきこと」
笑みを崩さず、彼女は言う。
「変わり者で済みますまい」
動揺もしない母が、歯痒く、苛立った。
自分だけが腹を立てて居るのだと分かると、更に悔しかった。
己の未熟さに気付くには至らない。
「済むさ」
風に流れる長い髪を掻き上げる。
頬を撫でる髪は耳へと掛けた。
月明かりに照らし出され、其の姿は妖艶に映る。
女子としての魅力を問われれば、首を傾げるしか無いが、
彼女を美しいかと問えば、全てが美しいと答える。
彼女の存在自体を、皆は美しいと賞するのだ。
夫と並べば、右に出るものは居ないと迄謳われた。
「此の国の妖かしを束ねる大妖怪と言われてはいるが、実際、あれは一人なのだ」
彼の姿を思い出しながら、彼女は答える。
「誰にも、何にも縛られず、思うままに生きている」
執着しない強さ。
何者にも囚われぬ強さ。
愛する者にも囚われないのが彼。
其のような彼に何時しか囚われてしまったのが彼女。
其れでも、己を彼女は自由だと思っている。
想うのは、己が意思。
囚われても構わないと想ったのは自分なのだから。
「私は其れで良いと思っている」
顰め面のまま、殺生丸は再び問うた。
「何故」
尋ねるばかりの己が息子に、彼女は喉を鳴らして笑う。
幼いな、と呟いた。
会話通りの問答では無い。
彼は決して、彼女へ疑問をぶつけている訳では無く、
己が裡に生まれる蟠りを口にしているに過ぎない。
口にすることで蟠りを解消させようとするが、
其れは新たな蟠りを生むだけで在った。
「束縛を厭うあ奴を、如何して縛ることが出来ようか」
彼の裡なる葛藤を織ってか織らずか、彼女は目を細めて口を開いた。
愛おしげに、彼を想うように。
恋は『亦心』と書く。
恋もまた、心なのだと。
心を何かと問われれば、きっと其れはヒトも妖かしも同じこと。
何かを想い、愛おしいと想う気持ちは、形無く、けれど何よりも美しいもの。
心とは、想うこと。
想いこそが心なのだ。
「私はね、殺生丸。自由奔放な父上殿に惚れたのだよ」
照れもせずに言ってのける彼女は、母ではなく女だと思う。
己が心のままに生きる。
愛する者の為にでは無く、愛する者を想う己が為に。
だが、彼女に母を求めたのでは無い。
父の所業を、何処かで咎めて欲しかったのかもしれない。
他力本願だと気付くと、彼は苦々しく顔を顰めた。
「あのままの御館様を愛おしいと想うが故に、縛ろうとは思わぬ」
縛り付けることなど、叶うはずも無い。
彼女は言外に語る。
形無き風を、如何して縛ることなど出来ようか。
ただね、と口を開いて、彼女は目を閉じる。
「誰を想っていようとも、私を想ってくれる心は私だけのものなのだよ」
口元に笑みを浮かべる母に、殺生丸は尚も顰め面を返した。
「此の殺生丸には分かりませぬ」
ゆっくりと瞼を上げて、彼を見据える。
其の瞬間の眼差しは、母で在った。
「御前は未だ、子どもだからね」
分かっていない。
子どもだから。
何処か、小莫迦にされたように感じる台詞に、彼は視線を逸らす。
眉は吊り上げられたままだ。
「其のような顔をするな。先は未だ長いと言うことだ」
足を組み直して、彼女は面白そうに破顔した。
「変わるものも在れば、変わらぬものも在る。生きて行くとは、其のようなこと」
其の行末を、何時迄見護ることが赦されるのか。
彼や、息子の行末を。
妖かしと言えども、生命在るもの。
死人では無い。
何時か必ず終わりが来る。
醜く衰え、身が滅ぶ様など、考えるだけでも畏ろしい。
けれど、心の何処かでは其れを許容している自分が可笑しいと思う。
生在るものは、必ず死に向かって歩んで行くもの。
変わらないのは死人だけ。
だから、死を畏れ、足掻く様を醜いとは思わない。
其れは当然の恐怖で在り、不安で在るのだから。
何時か来やる終わりを無意味にしない為にも、
生在るものは生きようとするのだから。
「殺生丸」
不意に呼ばれ、彼は顔を上げて彼女を見やる。
「御前の名の由来を教えてやろう」
「由来?」
添う、と彼女は頷いた。
「『殺生』とは、生と死。『丸』は環を示す」
指先をつ、と動かし、環を描く。
環の始まりは何処で、終わりは何処なのか。
「生の先には死が在り、死の先には生が在る。廻る環は留まらぬ」
全てが繋がる環の中に、そもそも、終わりと始まりが在るのだろうか。
どちらが先かも分からない。
始まりが在るから、終わりが在り、終わりがあるから、始まりが在る。
生在るものが辿るのは、輪廻の果て。
否、若しかしたら、果てだと思っているのは出発点かもしれない。
其れでも、廻り続けるのが自然の摂理。自然の理。
「『殺生丸』とは生命を意味するのだよ」
環を描いていた指先を殺生丸の胸元へ向ける。
「御前の中に、生命が在る」
添う、彼女は言った。
身体を動かす熱量としての生命だけでは無い。
生命其のものの意味が、彼の中に在るのだと。
伸ばしていた腕を引き戻し、手の平を己が胸へ押し付ける。
だが、と彼女は続ける。
「其の生命の中、妖怪の求めるものが、『強さ』だけだと思うな」
少しだけ顔を歪め、殺生丸はゆっくりと瞬きをする。
彼女の言い様が理解出来ないといった風でも在った。
「『強さ』だけでは足りぬ、と?」
「其れは、あまりにもさもしい考えよ」
「殺生丸には『強さ』だけで構いませぬ」
ほんの一瞬だけ寂しそうに笑う。
けれど、其れも気の所為で在ったのかと思うほど、明るく笑った。
「ならば、何の為の『強さ』を欲する?何の為に強く在ろうとする?」
彼女の問いに、殺生丸は真っ直ぐに答える。
「己が為です」
ほう、と漏らす。
其の呟きは、決して納得したものでは無い。
彼の答えを珍しいものとして漏らされた呟きだった。
「何故、己を大事とする?己が為と言うので在れば、御前は何の為に己を護る」
口を開きかけるも、答えが見つからなかったのか、其の音は途中で途切れる。
彼女の問いの意味が分からない。
其れも勿論在った。
けれど、其れ以上に理解しかねたのは、彼女の問い其のものの答。
問われて、答えに詰まったことなど初めてで在った。
何の為に、己を護るのか。
何故、己を大事とするのか。
強さを求めるのは己が為。
其れが答えでは無く、其の先が在るというのか。
彼は黙り、顔を顰めた。
「急いで答えを出すことも無い。大層な名を授けた父上様に恥じぬ様、精進するのだな」
口を噤んでしまった彼は、微かに俯き口元を真一文字に結んだ。
其のような彼の様子を穏やかに眺めながら、彼女は両手を左右に広げた。
「御出で」
最初、意味が分からず瞬きをしていた殺生丸で在ったが、
自分の傍へ来いと言っているのだと分かると、
先程より思いっきり顔を顰めた。
良い年をして、母親に甘える気など毛頭無い。
元来、他者へ触れられることも好まない彼で在る。
身内だろうが関係の無い話だ。
其れを照れと受け取ったのか、彼女はにべも無く言い放つ。
「母と子で、何を恥じることが在る」
此方へ来る様子の無い殺生丸を見兼ねて、彼女は彼の傍らへと飛んだ。
腕を引き、腰を降ろさせる。
女子にしては高い背丈でも、彼よりはほんの少し劣っていた。
肩を抱き、其の長い髪を指で梳く。
大きくなったな、と年寄り染みた繰言を漏らす。
殺生丸は振り払うでもなく、諦めたように溜息を吐いた。
「…母上も、相当な変わり者でございます」
「らしいな」
意に介さず、彼女は笑う。
本当によく笑うのだ。
怒っている様は殆ど覚えていない。
男だろうが女だろうが、声を上げて笑うのは悪ろしと言われるが、
彼女には其れが一番似つかわしかった。
大輪の花が咲くかの如く、美しく見えた。
「例え、ヒトとあれの間に子が出来ようとも、御前の腹違いのきょうだいだ。慈しんでおあげ」
「半妖と分かっていながら?」
「其れが如何した。あれの子どもだぞ?さぞかし美しい顔をしているだろうなぁ」
何かを納得したように何度も頷き、ふむ、と唸った。
「然し、其の時は其の女君と酒でも飲み交わしたいものだ」
同じ母として。
同じ、女として。
二人並んで、彼の困る様子を見るのも悪くない。
其のように含んだ。
「酒を豪と嗜む女子は、母上くらいのものかと」
終には呆れたのか、殺生丸は憎まれ口を叩く。
「言いおったな、愚息め」
其れでも可笑しそうに彼女は喉を鳴らした。
「私には、母上の御考えが分かりませぬ」
何度目か分からない不理解の言の葉を繰り返す。
ヒトのことも、父のことも、何処か釈然としないながらも、
如何でも良く成りかけていた。
母の影響だろうか、とふと思う。
繰り返された押し問答は、ゆるりゆるぅりと凝り固まった糸を解いて行く。
「其れで良い。私の考えは私だけのものだ。御前に押し付けはしないさ」
不意に、真剣な面差し。
口元には笑みが浮かんでいたけれど、ただ其れだけ。
笑ってはいない。
「ただ、憶えておいで」
強く、言い聞かせるように口を開く。
決して押し付けているのでは無い。
知識のひとつとして覚えておけと言っているのだ。
「半妖も、ヒトも同じ生命の輪を廻るもの。私は、弱いからと言ってヒトを蔑みもしないし、混じりものだからと半妖を愚かなものだとも思わない」
彼女の思考は、彼に近しい。
同じでは無いにしろ、とても近しかった。
妖かし全てが、ヒトを厭い、襲う訳では無い。
ヒトに対して友好的で在るものも在る。
どちらかと問われるのなら、彼らは後者に当たるだろう。
ただ、根強く残っているのは、ヒトにしても、妖かしにしても、
御互いに敵対するものだということ。
一部のものがどんなに友好的で在ったとしても、
長く根付いて来たものは、簡単には消えない。
心の何処かで疑い、足踏みしている。
何処迄、心を赦したものか。
何処迄、近付いて良いものか。
根強く残るもの、其れら全てが真実と見誤ってしまう。
此の世とは兎角、其のようなもの。
「当然に、其処に添うして在るものだけが真実では無い」
勿論、其れが真実でも在る。
彼女は添う、付け加えた。
真実で在りながら、真実では無く、真実では無くとも、真実で在る。
「己が眼で見、己が頭で考えよ」
生きとし生けるものが在るだけ、真実が在る。
誰かにとっての虚偽で在ったとしても、誰かにとっては真実なのだ。
「真実はひとつだけでは無いのだから」
彼女にしては珍しく、穏やかに微笑んだ。
ヒトは弱く、愚かしいもの。
半妖は愚かしく、汚らわしきもの。
其れが当然で、疑う余地など無いと言うのに。
彼には、母の言い様が塵ほども理解出来なかった。
風が涼しくなってきた。
高い岸壁の上に腰掛けたまま、彼女は紡ぐ。
「今宵は満月。美しいとは思わぬか、我が君」
先程現れたばかりの影に、振り向きもせずに語りかけた。
応えが帰って来ないのを訝しみ、肩越しに振り返る。
「如何した」
呆けた顔をして立っている夫を、不思議そうに見やった。
「先程、似た台詞を聞いたばかりでな」
苦笑して歩み寄ると、彼女の隣に腰を降ろす。
腰元の刀を鞘ごと抜き取り、脇に置いた。
ガシャリ、と刀の鍔が音を立てる。
「私も聞いたぞ、浮気者」
上目遣いに、半眼でねめつける。
「風の噂は早い」
口調はともかく、悪びれた様子も無く、彼は笑う。
「いいや、殺生丸と邪見の告げ口だ」
殺生丸の顰め面を思い出し、添うか、と彼は苦笑した。
「どのような女君か」
『むすめぎみ』では無く、『おんなぎみ』と呼んだ。
彼女の言の葉に含まれるのは、妾やヒトの女と言った意味。
「そなたとは正反対だ。儚く、今にも消えてしまいそうな」
「言ってくれる」
「済まない」
彼は気不味そうに謝った。
尤も、彼女としても気にしている訳では無い。
「謝る必要は無いさ」
うぅん、と腕を天へと突き出し、背伸びをする。
其の腕を解くと、其のまま彼の腕を掴んだ。
「其の女子に惚れた心は、其の女子のものだ」
けれど、と彼女は紡ぐ。
「私に惚れた心は、私におくれよ?」
真っ直ぐな瞳に謀りは出来ない。
其の意志の強さこそ、彼が望んだもの。
「…そなたは」
ぽつり、と呟く。
「何だ」
彼の呟きが意外で在ったのか、彼女は小首を傾げた。
「本当に、良い女だな」
彼の言い様に、一瞬呆けて、弾かれたように笑い出す。
「当たり前のことを」
腹を抱えたまま、彼を見上げた。
にぃ、と微笑う其の様は、何処か婀娜めいている。
「そなたの思う通りに進むが良い。決して後悔などするな」
例え、其の先に誰かの死が待とうとも。
決して振り返るな。
決して悔いるな。
前へと進め。
彼女の瞳が、強く色を残す。
どちらからとも無く顔を近付け、口付けを交わす。
そ、と触れた後、噛み付くような深い接吻。
何度も、何度も、繰り返す。
月夜の中、二つの影が倒れ込んだ。
例え、そなたが死のうとも、そなたに惚れた心は、そなただけのもの。
後悔は、したくない。
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