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 ・最遊記・
 
 
 
 木枯らしが強くなってきた。
 微かに風景がセピア色に染まり始める。
 吐いた息が薄い白になって立ち消える。
 手を擦り合わせて、ふぅっと息を吹きかけた。
 「さむ」
 腕を摩り、首に巻きつけていたマフラーに口元を埋める。
 もうすぐ雪も降るだろう。
 雪は真白に大地を埋め尽くす。
 目に見える世界全てを多い尽くし、隠す。
 考えて、背中にぞくりと冷たいものが走った。
 「悟空」
 「八戒、何?」
 自然に、自然に。
 意識せずとも、本当は笑えた。
 自然と、それは身に付いた。
 だからこそ、付き合いが長い者でも気付き難い。
 「おしるこ作ったんですけど、食べませんか?」
 開かれた玄関から甘い香りが漂う。
 目をきらきらと耀かせて、悟空は頷いた。
 「食う!」
 微かに感じた違和感を、
 感じたことすら忘れさせるように幼子は八戒の手を引いた。
 一瞬だけ言葉を失いかけたが、彼は是と幼子の後に続く。
 「悟空が丁度来てくれて良かったですよ。悟浄は甘いものはあまり食べませんからね」
 「八戒は食べるだろ?」
 「ひとり分だけ作るのは不経済なんです」
 至極真面目に言う八戒に、悟空は笑う。
 寺に居れば、あたたかな甘いものなど滅多にお目にかかれない。
 粗食とも呼べる簡素な食事。
 勿論、満腹になるまで食べられるはずも無いので、
 三蔵が部屋に大量の果物やら饅頭やらを用意してくれている。
 彼に言わせれば、食べ物さえ与えておけば大人しいという、
 短い間ながらも学んだ見解らしい。
 「もう、雪の降る季節ですね」
 卓を挟んで、八戒は窓の外を見やった。
 悟空の背後にある窓の外には、すっかりと冬支度の済んでしまった山々が映る。
 「雪が積もったら、雪だるま作りましょうか。悟浄巻き込んで、雪合戦とか。雪見酒だったら三蔵もノってくれるかも」
 ごくん、と汁粉の餅を飲み込む。
 愉しそうに話す八戒は恐らく、
 身体を動かすことが好きな悟空だからこその発言だったのだろう。
 「ねぇ、悟空?」
 八戒はまだ、織らない。
 雪を見て、幼子が何を思うのか。
 白い世界に、何を畏れるのか。
 悟空はぎこちなく笑い、小首を傾げた。
 「…うん、そうだね」
 しゅん、とやかんが湯気を噴く。
 火を消そうと立ち上がった八戒の背中へ、悟空は寂しげに口元を歪めた。
 
 
 
 「出来たら、良いな」
 
 
 
 その声は、カチリとガス台の火を止めた音に掻き消えてしまうほどの、
 微かなものではあったけれど。
 まだ恐い。
 まだ、慣れない。
 此処はもう、岩牢ではないけれど。
 音も視界も遮断された世界は、恐くてたまらない。
 光だけが溢れる世界に触れるには、あまりにもこの手は穢れ過ぎている。
 
 
 冬が来る。
 
 真白に染まる冬が来る。
 
 
 
 もう既に、その小さな身体の奥底は冷たく凍りつき始めていた。
 
 
 
 
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 ・犬夜叉・
 
 
 
 ふぅわりと舞うものに気付く。
 腕を伸ばして手のひらに乗った其れはすぅっと水に成り変わる。
 小さな、冬の欠片。
 「雪だわ」
 吐いた息も白い。
 灰色に染まった空から、ひとつ、
 またひとつと舞い降りてくるものにかごめは嬉しそうにはしゃいだ。
 「犬夜叉!ね、雪!!」
 「見りゃ分かる」
 何を喜ぶのか分からないと言った顔をして、面倒臭げに返された言。
 かごめはもう、と頬を膨らませた。
 「餓鬼じゃ在るまいし、何がそんなに嬉しいんだよ」
 「わくわくするじゃない」
 「しない」
 「私はするの!」
 ふぅん、と適当に返され、更にかごめの機嫌は急降下した。
 其れに気付かないのは犬夜叉だけ。
 此処で言霊が口にされないのは、せめてもの情けだったのかもしれない。
 やっとのことで機嫌を損ねたことに気付いた犬夜叉は、
 気圧され気味ながらも口を開く。
 「なっ、何で不貞腐れてるんだよ」
 訊ねなければ分からないのか。
 かごめははぁ、と溜息を吐いた。
 染み付いてしまった習慣とも言える制裁が加えられると思ったのか、
 ずさり、と犬夜叉は後方に飛び退く。
 其の様子に、かごめは胡乱げに目を細めた。
 「何よ、其んなに身構えなくても良いじゃない」
 ふぅわり、ふわり。
 白銀の髪に真白な雪が溶けて行く。
 (添うだ、雪の色だ)
 ふと、かごめはひとりごちた。
 彼の妖かしの少年の髪は、雪の色によく似ている。
 雪が其の儘色を残したような、白銀の。
 相反する深緋の衣は、雪の上に落ちる寒椿のようだ。
 だとしたら、琥珀色の瞳は雪の空に浮かぶ月。
 「矢っ張り私、雪が好きだわ」
 暫く押し黙っていたかごめは、ぽつりと零す。
 
 
 「冬が、好き」
 
 
 ―――冬は君が彩る世界
 
 
 「何で」
 
 
 ―――何処に居ても、君を想い出す季節
 
 
 「内緒」
 
 
 
 まるで君を彩るような冬の景色が愛おしい。
 決して口には出さないけれど。
 「…変な奴」
 理由も分からず気恥ずかしく成り、犬夜叉は顔を背ける。
 失礼ね、と笑いながら言うかごめを如何しようもなく愛おしく想う。
 思わず抱き締めれば、通りがかった仲間と目が合い、容赦無い言霊が落とされた。
 
 
 
 
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 ・鋼の錬金術師・
 
 
 
 肌寒さを感じ、掛け布団ごと毛布を顔まで引き上げた。
 鼻の奥がツンとした空気に萎縮する。
 鋼の右腕は冷気に触れれば、いとも簡単にその温度に同化してしまう。
 身体を猫のように丸めて、エドワードは意識をもう1度手放そうとした。
 暫くすれば、扉の開く音がして、ベッド脇に誰かが立ったのを感じる。
 「エード、ほら起きなさい」
 布団にかけられた手を拒むように、無意識にいやいやと首を横に振る。
 「ちょっと、子どもじゃないんだから!」
 その様子に呆れて、ウィンリィは一気に布団を剥いだ。
 観念して丸めていた身体を気だるげに起こし、ぶるりと身震いする。
 「…寒い」
 両腕を摩って暖を取ろうとしたが、どうやら無駄なようだ。
 「冬なんだから当たり前でしょ」
 薄暗い部屋を見回し、弟の姿が無いことに気付く。
 ベッドに片足を乗せて、カーテンを開くウィンリィの姿をぼんやりと眺めながら、
 なぁ、と呼びかけた。
 「アル、は?」
 ほらしっかり起きなさい、とぺしりと額を叩かれる。
 ウィンリィの手は温かく心地良い。
 離れた瞬間に冷気が戻ってくる。
 「とっくに降りて来て、デンと散歩に行ってるわよ」
 欠伸を噛み殺しながら、がりがりと黄金色の頭を掻く。
 「お前、朝から元気だなー」
 「アンタこそ冬生まれの癖して、寒いの苦手ってどういうことよ」
 「関係ないだろ、そんなもん」
 寒い寒いと連呼して、エドワードはサンダルに足を突っ込んだ。
 欠伸がまたひとつ零れる。
 ふと、目の前に立っていたウィンリィの背中が目に入る。
 ふわふわの暖かそうな白いセーターに、濃紺のベロアスカート。
 (…あたたかそ)
 「ん、何?」
 くい、と裾を引っ張られ、ウィンリィは肩越しに振り返る。
 やんわりと伸びた腕が少女を背後から抱き締めた。
 驚く暇も無く、腰辺りにエドワードが顔を埋めた感触が伝わる。
 座ったまま、立つウィンリィを抱き締めればそうもなるだろう。
 「ちょ、エ、ド…?」
 「やっぱ、コレあったかいなー…」
 くすぐったさに身を捩る。
 しかしその瞬間、がばっと擬態語が付きそうな勢いでエドワードはウィンリィから離れた。
 
 
 
 「え、な、お…っっ?!」
 
 
 (俺、今何やった?!コイツに何した?!)
 
 
 
 半分靄がかかっていた意識が、一気に覚醒する。
 離れて向かい合えば、お互いに顔は真っ赤に染まっていて、
 何を言ったら良いのかも分からなくて。
 ただ寒くて、暖かそうなものが目に入ったから手を伸ばした。
 ただ、それだけ。
 
 
 「…悪ィ、寝惚けた」
 「…う、ん」
 
 
 それでも気不味い沈黙が流れる。
 深い意味は無い。
 分かっている。
 なのに、触れられた箇所が熱い。
 「ただいまー、兄さん起きた?ウィンリィ」
 「えっ、あ、うん!」
 「おう、ばっちりだ!」
 軽くノックされて開いた扉から、鎧姿のアルフォンスが顔を出す。
 あれ、とアルフォンスは首を傾げかけた。
 真っ赤な顔をした2人を見れば、一目瞭然。
 
 
 
 (また何かやったんだな、兄さん)
 
 
 
 アルフォンスが呆れて嘆息する、寒さなどすっかり忘れてしまった冬の朝。
 
 
 
 
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 ・TOR・
 
 
 
 どさり、と家の中に振動が響く。
 太陽の位置が真上に差し掛かる少し前。
 僅かばかりながらも上昇した気温が、降り積もった雪を屋根から落とす。
 此処スールズは冬が長く、雪深い。
 「あれ、ヴェイグは?」
 「ヴェイグなら、父さんと一緒に雪かきよ」
 「父さんばっかりヴェイグと一緒でずるーい」
 もうすっかり年頃の娘になったというのに、
 いつまでも少女のようなクレアにラキヤは苦笑する。
 「ね、ね、私も手伝って来て良いかしら?」
 「多分、ヴェイグが手伝わせてくれないわね」
 本当の妹のように大切に扱う少年を思い出し、面白そうに鍋を掻き混ぜた。
 遠慮も勿論あるのだと思う。
 幼い頃に引き取られてきたヴェイグ。
 新しい家族を迎えられたことを嬉しく思った。
 ヴェイグは気を許していないワケではないのだ。
 どうして良いのか分からずに、思ったことを上手く口に出せないだけで。
 それが結局遠慮になってしまう。
 それでもいつか、本当の家族になれるのだとラキヤとマルコは信じて疑わない。
 (だって、とても良い子なんですもの)
 愉しそうに笑みを零し、ラキヤはクレアを振り返った。
 少女の傍にいつも居るマフマフが居ないと言うことは、
 ヴェイグについていってしまったのだろう。
 ザピィも居ないし、と不貞腐れる娘にウインクをした。
 「きっと2人とも凍えて帰ってくるわ。私達は温かい料理で迎えてあげなくちゃ」
 大きな瞳がくるんと揺れた。
 次いで、ぱぁっと明るくなって、嬉しそうに微笑んだ。
 「えぇそうね。雪かきは無理でも、私に出来ることをすれば良いんだわ」
 ぱちん、と手を合わせて、クレアは慌しく席を立つ。
 掛けてあったケープを羽織り、ブーツに履き替えた。
 「クレア、何処へ行くの?」
 不思議そうに、玄関へ向かうクレアへと訊ねる。
 キッチンには優しいシチューの香りが漂い始めていた。
 「ポプラおばさんの所。あったかいピーチパイを焼いてくるわ」
 ヴェイグが帰って来たら、引き止めておいてね。
 そう言って、クレアは忙しなく家を出て行った。
 引き止める間も、理由もなかったラキヤは本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
 「まぁ…まぁ、クレアったら」
 くすくすと笑いながら、手元にあったミルクを鍋に注ぎ足す。
 ひと混ぜして、味見をする為に小皿に少しだけ取り分けた。
 口を付けて、うん、と頷く。
 けれど嬉しさは納まりそうにもない。
 
 
 
 「それって、ヴェイグ限定じゃないの」
 
 
 
 今夜2人が寝静まったら、マルコにも教えてやろう。
 少しばかり父親としては面白くないかもしれないけれど、
 でもやっぱり、あの2人が仲良くなってくれるのは何よりも嬉しいから。
 ラキヤは火から鍋を下ろすと、鼻歌交じりに食事の準備を始めた。
 
 
 
 
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 ・ハリー・ポッター(親世代)・
 
 
 
 呪文と共に杖を一振りすると、暖炉に炎が宿る。
 一瞬で部屋の中が暖かくなった。
 閉めていたカーテンを押しやれば、真白に染まった庭が映し出される。
 「ほら、見てハリー。雪よ、ゆ・き。『snow』」
 リリーは外を指差し、抱いていた赤子に示した。
 曇った窓に指先を走らせ、『snow』と綴る。
 あぶ、とリリーを真似るように声を出すハリーの愛らしさに、
 我が子をぎゅうっと抱き締めた。
 頬にキスを落とす。
 「僕にはおはようのキスは無いのかな?」
 冗談とも本気ともとれない夫の台詞に、リリーは嘆息して苦笑する。
 肩に手を置いて、少しだけ背伸びする。
 「おはよう、ジェームズ」
 ジェームズの頬にキスをすると、同じように彼もリリーとハリーの頬に口付けた。
 「おはよう、リリー、ハリー」
 朝食の準備をする為に、ハリーをジェームズに預ける。
 抱き抱えた幼子と窓の外を眺めた。
 「うわぁ、積もったねぇ」
 窓に張り付いた雪の結晶がきらきらと陽の光を反射して煌いている。
 庭の木も、柵も、ベンチも何もかもが真白だ。
 「こんなに真白なら、シリウスはすぐに見つかってしまうな」
 思わず漏れたジェームズの独り言に、リリーは首を傾げた。
 「何でシリウスが出てくるの?」
 「ん?いや、こっちの話」
 慌てる素振りも見せずに、ジェームズはにっこりと笑みを返す。
 まさか自分も含め、未登録のアニメーガスなんですなどとは言えるはずもない。
 それを告白してしまうのであれば、それに至るまでの過程を説明しなければならなかったし、
 何よりも織られてしまうことを彼の友人が厭った。
 彼女に、リリーに心配をかけたくない。
 泣かせたくない。
 それは、ジェームズとて同じだった。
 勿論、他の仲間達も。
 だからジェームズは、リリーにたったひとつだけ嘘を吐き通すことを選んだのだ。
 「男同士の友情ってずるいわ」
 ついでに厄介、口を尖らせるリリーにジェームズは苦笑するしかない。
 ハリーを高く抱き上げ、ぐるぅりと回る。
 「よぉし、ハリー。父さんが大きな雪のお城を作ってやるぞー!」
 「ウチの庭に入りきれないものは却下です」
 即座に駄目出しをされて、口をへの字に曲げるジェームズ。
 彼が言う『大きな』が世間一般で言う所の、
 建築物における『大きな』であったのなら大事なのだ。
 そうしてそれはきっと、気のせいでも冗談でもない。
 彼ならばやる、そう確信していた。
 「えー」
 リリーは鍋のスープを窺いながら、ベーコンをフライパンに放り込む。
 じゅわ、と香ばしい薫りがリビングまで届いた。
 オーブンのデニッシュが橙色の熱で狐色に染まっていく。
 その間に杖を振って冷蔵庫から卵を取り出す。
 コン、とフライパンの端にぶつかって皹を入れると、中身は勝手に中へと身を躍らせた。
 「可愛らしく雪だるまでも作って頂戴。ついでに、風邪引かれると困るからハリーを家から出さないで」
 当然至極なリリーの台詞に、ジェームズはそんな、と嘆く。
 「折角雪が積もっているというのに!」
 「歩けるようになったら、厭と言うほど一緒に遊べるようになるわよ。まだ這うのが精一杯なんだから、あと少しだけ待ってなさい」
 ふわりと皿が戸棚から飛び出して食卓に並んでいく。
 諦めたのか、ジェームズはハリーを抱き直した。
 ぽんぽんと優しく我が子の背中を撫でる。
 「リリーがそう言うなら仕方無い。大きくなったら、クィディッチも教えてやるからな、ハリー」
 箒の乗り方から、スニッチの捕まえ方、敵の出し抜き方、それから。
 延々と続きそうなジェームズに、リリーは自然笑みが零れる。
 倖せな日々が続くはずもない。
 けれどそれでも願ってしまう。
 
 
 
 「くれぐれも悪戯だけは教えないで頂戴ね、お父さん?」
 
 
 「考えておくよ、お母さん」
 
 
 
 どうぞ、どうか。
 平穏な日々が訪れますよう。
 幼子達が何の憂いも無く、暮らして行ける未来がありますよう。
 
 
 きっと願いは同じ。
 2人は顔を合わせて微笑んだ。
 
 
 
 
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