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 ・ロスト・ユニバース・
 
 
 
 幾つも広げられたウィンドウを眺め、
 キャナルはメインシートに座るケインを振り返りもせずに話しかけた。
 「…マスター、私見ちゃったんです」
 「んあ?」
 片足を夢の中に突っ込みかけていたケインは間の抜けた返事を返した。
 手の甲で目を擦っているが、完全に眠気が払拭されるはずも無い。
 ぼんやりした頭でキャナルの次の台詞を待った。
 「可愛らしい指輪をケインが買っているト・コ・ロ」
 ふぅ、と彼の耳に息を吹きかける仕草を見せて、にやりと笑う。
 勿論、実際に息がかかることは無い。
 それでもケインの意識が覚醒するのには十分だったようだ。
 「なっ、お前何処に!?」
 うろたえるケインの腕をがっしと掴み、ひょい、と彼の手首を指差した。
 「貴方の腕についてるコレは何ですか」
 手首をぐるりと囲ったブレスレット状の通信機。
 持たせたのはキャナルで、通信を送ってくるのもキャナル。
 言わば、その通信機はキャナルの目のひとつでもある。
 にまにまとした笑みを隠しもせずに、キャナルは甘いとほくそ笑む。
 「あれって何だったんですかぁ?」
 指先で彼の肩口をぐりぐりと押さえ付ける。
 「何だって良いだろっ」
 顔を真っ赤にして言っても、説得力は無い。
 キャナルは彼の購入物がどうでも良いものとは思っていない。
 間違いなく、と確信している。
 そうしてキャナルもまた、それを望ましく思うのだ。
 「俗に言う、給料3ヶ月分ってヤツかと思ったんですけど」
 追い立てるように言うキャナルに、ケインはぐっと呻く。
 両頬に手を添えて、きゃあ、と彼女はわざとらしく頬を染めて見せた。
 ホログラムである彼女にそのような仕草は必要ないのだが、それは今更と言うものだ。
 「安心して下さい、ミリィには言ってませんから!」
 「話を飛躍させるな!!」
 「違うんですか?」
 「…ッ、違っては無い、け、ど」
 語尾になるにつれて、声音が弱々しくなる。
 両手を腰に当てると、ふむ、とキャナルは頷いた。
 「こればっかりは初体験ですものねぇ」
 そうそうあってたまるか、と胸中でひとりごちる。
 ぶつくさと呟くケインのポケットから、可愛らしくラッピングされた小さな包みを取り出す。
 ここまでしておいて、とじれったくも思うのだが、
 如何せん当のケインがこれでは成せるものも成らない。
 「さっさと渡してくれば良いのに」
 彼の手にぽん、とそれを戻しはああと溜息を吐く。
 ケインはその腕を横に突き出し、シートを立ち上がった。
 「ハイ、じゃあどうぞ、で渡せるか!!」
 「何コレ、くれるの?」
 すこん、とぽっかり間が空いた。
 手を差し出した丁度良い場所に、
 ナイスと言うか、バッドと言うかのタイミングでミリィが立っている。
 ミリィは差し出された包みを掴み上げ、縦にしたり横にしたりして眺めていた。
 「ミッ、ミリィ?!」
 「何よ?」
 開けてもいいの?と訊ねるミリィに頷くしかない。
 キャナルは哀れみともつかぬ瞳でマスターであるケインを見つめた。
 細かいことに、両目には薄らと涙が浮かんでいる。
 「………情けないです、マスター」
 「俺だってこんなハズじゃあ…!」
 泣きたいのはこっちだ、と叫びかけたが、ミリィの声に遮られた。
 「あっ、可愛い!ありがと、ケイン」
 中身を覗いて喜ぶ彼女に、情けなさは兎も角、怒気は消え失せる。
 力が抜けて、シートにもう1度身体を沈めた。
 「…ソレ」
 「ん?」
 ぽつりと呟いたケインを、ミリィは後ろから覗き込む。
 どこかむすりとしている彼に彼女は何なのよ、と口を開いた。
 
 
 
 「左手の薬指に嵌めろ」
 
 
 
 非常に間抜けな声が漏れた後、
 その意味を理解したミリィの真っ赤に染まった顔が目に入った。
 
 
 
 
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 ・勇者王ガオガイガー・
 
 
 
 GGGでのパーティを終えて、帰途へ就く。
 パーティの頃にちらちらと降り始めた雪が今はもう、薄らと積もり始めている。
 吐く息も白い。
 マフラーに口元を埋めながら、命はぶるりと身体を震わせた。
 ふと、そうだ、と凱が立ち止まる。
 早く帰りたい命は僅かばかり眉根を寄せたが、
 手招きされ仕方無しにそちらへと歩み寄った。
 手袋越しに感じる、微かな重み。
 「クリスマスプレゼント」
 え、と命は目を丸くする。
 「貰ったわよね、さっき」
 荷物を指差して、皆に配っていたものと同じ菓子を見やる。
 確かに貰っている。
 スワンからはオードトワレを交換して、火麻参謀からプロテイン。
 長官からは女性隊員全員に可愛らしいコサージュ。
 恐らくは奥方や愛娘にもセンスの良いプレゼントを用意しているに違いない。
 他にもキリが無いくらいに。
 パーティの料理は美味しかったし、年代モノのワインは嗜む程度でも絶品だった。
 スタリオンとマイクが駆けつけ、ライブを披露し、
 雷牙博士がとんでもないもので皆を驚かせた。
 ルネは隅で付かず離れずを保っていたが、闇竜と光竜にせがまれて渋々ながら輪に入った。
 楽しかったのだから、それ以上何かを望んではいなかったのだ。
 「うん、もうひとつ」
 思い掛けないサプライズに、命は短く礼を言う。
 そうしなければ、嬉しさで顔がにやけてしまいそうなのを堪えられない。
 「開けて良い?」
 「どうぞ」
 手にした小箱のリボンをしゅるりと解く。
 ぱこん、とケースを開くと、
 ローズピンクの石が嵌め込まれたシルバーリングに雪が触れて、溶けた。
 「私、指輪が何号か言ったことあったかしら」
 手袋を外して、ポケットに押し込む。
 悴む指が痛かったけれど、指輪にそっと触れてみた。
 冷たい、けれど、あたたかい。
 「スワンに教えてもらった」
 「嘘でも、見れば分かるって言ってよね」
 命は呆れたように、もう、と呟いて、くすくすと笑い出す。
 命が触れていた指輪を、ケースから抜き取った。
 「姫君、お手を?」
 手袋をしていなかった凱の手は冷たい。
 自分の手も冷たいと思っていたくらいだったのだから、余計にそう感じる。
 「えぇ、構わなくてよ?」
 けれど、構わなかった。
 指先にキスしてくれる凱を愛おしくて堪らないと思う。
 「もうひとつだけ、我儘を」
 するりと指輪を通した後、手の甲と掌に口付けた。
 今、目の前の光景が信じられず、命は目を見張って凝視する。
 鈍い冷たさが残るのは、左手の薬指。
 「凱…?」
 不安げに瞳を揺らして、命は凱を見上げた。
 彼は、大丈夫だとでも言うように、彼女の額にキスを落とす。
 
 
 
 「健やかなる時も、病める時も、変わらぬ愛を俺に誓って頂けますか?」
 
 
 
 じわり、と心の奥から滲み出すものに気付く。
 とくん、と溢れ出すものに気付く。
 あたたかく、切なく、嬉しいもの、が。
 
 
 
 
 「…はい、誓います」
 
 
 
 
 目元に、零れた涙に口付ける。
 交わした口付けはしょっぱかった。
 
 
 
 
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 ・鋼の錬金術師・
 
 
 
 簡素なアパートメント。
 アルフォンスは自分の部屋の鍵を開けると、明かりの点いているリビングに顔を出した。
 「あれ、兄さん1人?」
 ソファに寝転がって本を読んでいたエドワードは訝しげに弟を見やる。
 「他に誰が居るってんだよ」
 荷物を適当にテーブルへ放りながら、
 アルフォンスは兄の前で乱雑に置かれた本の山から1冊抜き取る。
 掛け直しているエドワードに、多少残念そうな響きを含んで訊ねた。
 「ウィンリィは?」
 「ばっちゃん1人にする訳には行かないだろ」
 何を言っているのだと呆れる彼に、アルフォンスは頬を膨らませる。
 「ラッシュバレーで修行中は、ばっちゃん1人だったよ」
 「それはそれ、今は違う」
 「居候が言うなよ」
 煩い、と漸く苦虫を噛み潰したような顔を本から上げた。
 すっかりと成長しきってしまった弟でも、
 未だに幼く見えることがあるのは不思議な気がしないでもない。
 脚を投げ出し、だって、とアルフォンスはエドワードを睨む。
 「さっさとほんとの家族になっちゃえば良いのに」
 解けかけていた髪を結い直すエドワードは、はぁ?と眉を顰めた。
 「家族に嘘もほんとも無ぇだろ。血は繋がってなくても俺達は家族だよ」
 「無いけど、僕が言いたいのはそーいうことじゃなくて」
 「?」
 自分の膝で頬杖を付いて、アルフォンスは深々と溜息を吐いた。
 何故こうも、彼はこちらの意図を読み取ってくれないのだろう。
 鈍過ぎるにも程がある。
 「ウィンリィ、他の誰かに持って行かれちゃうよ?」
 「は?」
 あからさまに疑問符を浮かべたエドワードに、アルフォンスは畳み掛けた。
 「結婚と恋愛は別物だからね。甘い考えは止めた方が良いと思うけどな」
 折角ウィンリィの理想最低条件満たしたのに、とアルフォンスは呆れる。
 絶句したまま動かない兄は、次に紡ぐべき言葉を考えあぐねているようだ。
 仕方が無いなぁ、と嘆息するしかない。
 ふと、アルフォンスは思い出したように顔を上げた。
 「あ、そうだ。兄さん買い物してきてくれる?夕飯と朝食の材料少し足りないみたいなんだ」
 冷蔵庫に目をやり、忘れてたと呟いた。
 「何買ってくる?」
 「はい、メモ」
 「えぇと」
 小さな紙に目を通し、エドワードはぶつぶつと復唱する。
 『じゃが芋・チーズ・ハム・バケット・牛乳・婚約指輪』
 「明らかに買い物リストじゃないものが混じってるじゃ無ぇか!!そして牛乳は要りません!!」
 べしりとテーブルにメモを叩き落とし、アルフォンスを睨みつけた。
 だが、当のアルフォンスは気にもせずに笑ってのける。
 「ごめんごめん、ついうっかり☆それと、牛乳は僕が要るの」
 「…どの辺りがうっかりの部類に入るのかお聞かせ願えませんかアルフォンス君」
 昔から良い性格だとは思っていたが、一体何処で間違えたのだろうか。
 エドワードは唸る。
 「こうでもしないとそのままずるずる行きそうで。弟としては情けない限りだよ」
 「放っとけ!!それにリングはも…」
 エドワードは言いかけた台詞そのままに、自分の口を勢い良く抑えた。
 真っ赤な顔はあからさまに不自然だ。
 そうして、アルフォンスを騙し果せるはずも、無い。
 「…それ、ほんと?」
 「なっ、何、が…」
 目が泳いでいるエドワードの言葉など無いものとして、
 アルフォンスはにまりと口元を歪めた。
 彼の兄は元々、嘘や隠し事が苦手な性格なのだ。
 基本的に良くも悪くも正直。
 それも、正直の前に真がつくほどの。
 へぇ、そっか、ふぅん、と頻りに納得したような相槌を打ち、
 アルフォンスはにっこりと微笑んだ。
 「うん、兄さんにしては健闘した方じゃないかな。これでやっとウィンリィを義姉さんって呼べるね」
 「ちょ、ア」
 「頑張ってね、兄さん!」
 「アルフォンス!!」
 小さなアパートメントの一室から、悲痛な叫びが響いたのは言うまでも無い。
 
 
 
 
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 ・TOR・
 
 
 
 立ち並ぶ家々の屋根の急傾斜からも分かるくらいに、スールズの冬は雪深い。
 ざくり、と積もった雪に鋤を突っ込み、体重をかける。
 雪かきをしても次から次へと積もるのだから、甲斐がないと言えば無い。
 だからと言って怠れば、玄関すら埋まってしまう可能性もあるのだ。
 この時期のヴェイグの仕事は専ら、雪かきと貯蔵庫への食料運びだった。
 「結婚、しようかと思うんだ」
 「え、俺と?」
 ヴェイグは掬った雪を、手伝っていたティトレイの顔面へと投げつける。
 あっという間に真っ白になった彼は雪に埋もれながら冷たいと頻りに叫んでいた。
 「…ヒルダ、こいつの頭は沸いているのか」
 「心配要らないわ、元からこうよ」
 窓から様子を眺めていたヒルダは、転んだままのティトレイを驚く様子も無く一瞥すると、
 何事も無かったかのようにすぐに視線をヴェイグへと戻した。
 「子ども達は?」
 ヒルダは苦笑して肩を竦めた。
 ウェーブかかった黒髪を指に絡めて解く。
 「アニー達から追い出されたの、大丈夫」
 自分達だって忙しいでしょうにね。
 言って、ヒルダは留守を預かってくれたアニーとマオ、ユージーンを思い浮かべた。
 軽快な足音がヒルダの後ろから響く。
 同じ窓から、金髪の少女がひょいっと顔を出した。
 「ごめんなさい、手伝いが思ったよりも長引いてしまって」
 クレアはいけない、と口元を指先で抑え、ふわりと微笑んだ。
 「お久し振りです、ヒルダさん、ティトレイさん」
 くすくすと笑いながら、ヒルダは頷いた。
 「えぇ、久し振り」
 外から、漸く立ち上がったらしいティトレイが窓から身を乗り出した。
 雪が落ちる、とヒルダが顔を顰めたが気付かない。
 「おう!元気そうだなっ」
 「ティトレイさんもお元気そうで」
 「元気しか取り得が無いからね」
 横から茶々を入れるヒルダを眺め、ヴェイグはぼんやりとティトレイを見やる。
 視線に気付き、何だと目を瞬かせた。
 「ティトレイ、お前何かヒルダを怒らせるようなことを…」
 「人聞きの悪いことを言うな!」
 多分していない、と曖昧な返事しか出来ないティトレイに、
 ヴェイグは相変わらずだと呆れる。
 取り敢えず休憩にしようと言うことで、2人は雪を払い落とし家の中に入った。
 「クレア、結婚て聞いたんだけど」
 あたたかなスールズ産のミルクがたっぷり入ったマグを傾けかけて、
 クレアはびっくりしたように目を丸くした。
 けれどそれはすぐに、くすぐったそうな照れ臭そうな表情に変わる。
 「ヴェイグったら、もう話しちゃったの?」
 嬉しそうなクレアを見る限り、どうやら本当のようだ。
 ここまで来て、やっとヴェイグの台詞を信じる。
 「ずっとほんとの家族だったから、何も変わらないと思うんですけどね」
 頬を微かに染めるクレアに、ヒルダはそう、と微笑んだ。
 からかうような口調で、ティトレイは隣に掛けているヴェイグを肘で突いた。
 「お前、何て言ってプロポーズしたんだよ?」
 照れる様子も見せないヴェイグは首を傾げる。
 ヴェイグはひと間隔置いた後、ぽつりと口を開いた。
 「…父さんと母さんが」
 「『ふたりとも、そろそろ結婚を考えても良いんじゃないか』って」
 「じゃあ、そうしようかって話になって」
 「決まりました」
 「ヴェイグゥゥゥウウウ!!!!」
 ヴェイグとクレアが交互に口を開き、ありのままを伝えると、
 堪え切れなかったように、ティトレイが彼の胸倉を掴んだ。
 反対にヴェイグは至って冷静だった。
 「何だ」
 「頼むから!後生だから!!せめてプロポーズしろよ!!」
 「あれじゃ駄目なのか?」
 「駄目に決まってんだろ――――ッッ!!」
 半泣き状態でヴェイグを揺さぶるティトレイを見ながら、クレアもまた首を傾げる。
 「駄目なんですか?」
 「…クレア、あんたももうちょっと欲張りになりなさい」
 脱力しながら、ヒルダはクレアの肩をぽん、と叩いた。
 この2人だからこそ上手く行くのだろうが、端から見ていてもどかしい。
 と言うよりも、危なっかしい。
 「だって、私倖せなんです」
 クレアは肩に乗っていたザピィの背を撫で付け、頬を摺り寄せる。
 「両親が居て、ザピィが居て、友達が居て、ヴェイグが居て」
 こくり、と喉を流れたミルクはどこか甘くて、懐かしくて、慣れ親しんだもの。
 そんな風に愛おしいものに囲まれていて、倖せでないなんて、誰が言えるのか。
 
 
 
 「ほんとはそれだけで倖せなのに、もっと、って望むから、私は十分欲張りです」
 
 
 
 欲張りのようでいて無欲だ。
 ヒルダは諦めたように彼女の肩を抱いた。
 「ヴェイグは倖せ者だな」
 ぽんぽんと彼の頭を撫でてやると、ヴェイグは思いっきり顔を顰めてみせる。
 煩そうにその手を払った。
 「そういえば、ヒルダさんはまだ?」
 「放っておいて…って、何でティトレイに訊いてるの!」
 彼女の視線は確かに、緑の髪をした青年へと向けられている。
 クレアはきょとんとして違うんですか、と逆に訊ねた。
 「私てっきり」
 「それが、なかなか落ちてくれなくてさぁ」
 「アンタも何口走ってんの!!ちっ、違うのよクレア?!」
 「ヒルダ、顔が紅いが大丈夫か?」
 「あんたもその天然ボケどうにかして頂戴!!」
 ぜいぜいとヒルダは肩で息をする。
 彼らと居ると、調子を狂わされっぱなしだ。
 「取り敢えず!私のことは置いておいて」
 深呼吸をして、息切れを整える。
 ヒルダは、優しくクレアを抱き締めた。
 「おめでとう、クレア」
 良かったわね、と彼女の背を撫でてやれば、はい、と涙声が返って来た。
 
 
 
 
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 ・ハリー・ポッター(親世代)・
 
 
 
 角を曲がれば、行き慣れたオープンカフェの緑の屋根が見える。
 待ち合わせた人物を認めると、リリーは軽く片手を挙げた。
 向かい合わせでテーブルに掛け、彼の広げたメニューを覗き込む。
 「ジェームズが大人しく見送ってくれたなんて珍しいね」
 「いいえ、ついて来るって煩かったわ。何処で聞きつけたのかしら」
 「あ、ごめん。それ僕だ」
 2つのケーキを指差し、リリーはリーマスに半分こにしましょうと提案する。
 彼が仕方無さそうに頷くのを確認して、紅茶と共にウェイターに注文した。
 「良いのよ、隠していた訳では無かったのだもの。それに、あんまりしつこいから一服盛って来たわ」
 「それは静かになるだろうね」
 肩から流れた紅い髪を背に払い、リリーはにっこりと笑った。
 不穏な会話をしているにも関わらず、2人の雰囲気はあくまで和やかだ。
 2人が揃うと背筋が凍る、
 と言っていた親友は今頃ジェームズに捕まっているだろうと安易に想像出来た。
 「ジェームズを避けてるって?」
 運ばれてきたケーキを半分にしながら、リリーはあら、と漏らす。
 上手くリーマスの皿にケーキを渡し、彼の皿からも半分失敬した。
 ジェームズが泣きつきでもしたのだろうか。
 ケーキの上に乗っていた苺にたっぷりとクリームを付けて、口の中に放り込む。
 甘酸っぱい風味が広がった。
 「避けてるんじゃないのよ」
 口を尖らせて、リリーはリーマスと同じように紅茶をひとくち飲む。
 「ただね、困ってるの」
 赤金色をした液体をカップの中で転がし、嘆息した。
 リーマスはさくり、とクッキー台にフォークを突き刺す。
 「ジェームズに?」
 目を丸くした後、リリーは首を左右に振った。
 「自分によ。どうしてジェームズに今更困ることがあると言うの」
 「まぁね」
 確かに、彼の学生時代を熟知している者としては、
 彼女の物言いにも納得出来るものがある。
 踏んでも踏んでもへこたれない、
 雑草のようなジェームズの猛アタックを掻い潜ってきたリリーの武勇伝は語り継ぐに相応しい。
 「織っているのよ、彼が指輪を隠してることも、私に何か言いたいことがあるのも」
 ふぅっと立ち上る湯気を手持ち無沙汰に吹いてみる。
 だがそれは揺らいだだけで変わらず空に向かって伸び続けた。
 カチャン、とソーサにカップを戻し、視線を落とす。
 「織っているから、困ってる」
 「どうして?」
 リリーは怖いの、と呟いた。
 リーマスは分からずもう1度首を傾げる。
 カップの持ち手を強く握っているのか、彼女の指先は白んでいた。
 
 
 
 「今でも十分好きなのに、彼がそれを告げてしまったら私、もっとあのヒトを好きになる」
 
 
 
 悔しいけれどね、とリリーは付け足した。
 第一印象は最悪だった。
 最悪だったのだから、後は良くなるしかないのだ。
 そうして気付けば、彼を目で追う日々。
 学年が上がって監督生になると、
 彼らを抑制しなければならないから目で追うのも仕方が無いのだと理由をこじ付けた。
 理由を作らねばならない気が、していた。
 「好きになりすぎて、どうにかなってしまうんじゃないかって」
 彼を想っている自分が信じられなくて、
 否定したくて、ずっと拒絶してきたくせに今更ムシが良過ぎる。
 だから、理由が欲しかった。
 リーマスは穏やかに微笑む。
 「ジェームズが大事なんだね」
 「大事よ」
 間髪入れず、迷い無く、リリーはきっぱりと言い放つ。
 彼は彼女の頭を子どもにするように撫で付けると、良い子だね、と囁いた。
 「だったら、大丈夫」
 同じ年齢だと言うのに、彼は幾つも上の兄のようだ。
 「困ることなんて、ひとつも無いよ」
 それが心地良い。
 安心する。
 リリーはリーマスが大好きだった。
 「不思議」
 諦めたように溜息を吐いて、彼女は大きく切り分けたケーキをひと呑みにする。
 「リーマスが言うと、本当にそう思える」
 リリーは人差指を立てて、リーマスの前に差し出した。
 後ろ向きな感情は後回しにしよう。
 今は、前にあるものを見据えよう。
 うん、とひとつ大きく頷いてリリーは決める。
 「少しだけ走って、ジェームズの背中を突き飛ばしてみることにするわ」
 「健闘を祈るよ」
 彼女らしい決意に、リーマスは可笑しそうに笑った。
 
 
 
 
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