1つ上の学年。
3年生の教室を、翔は早足で目指す。
着いてすぐに、傍にいた人間に、速水を呼んで欲しいと頼んだ。
「どうした?」
「時間が無い」
「何?」
珍しく焦ったように言い募る翔に、速水は怪訝そうに眉を顰める。
「…屋上へ行こう」
他の人間に聞かれないように、小声で彼の耳元で囁く。



金網に手をかけて、額を擦りつける。
翔は校庭を見下ろしながら、歯噛みした。
「まさか、こんなことが…っ」
「待て、分かるように説明しろ」
要領を得ない台詞の羅列に、頭を掻いて、彼を諌める。
勢い良く振り返って、ぎり、と睨みつける。
尋常ではない様子に余計、違和感を覚えた。
「『兄上』が…甦っていた…っ!」
その台詞に、速水は目を見開く。
頭を掻いていた手から、力が抜け、落ちた。
じゃらり、とアクセサリが音を成す。
「…んだと?」
「昨日、『佐助』が接触してきた」
先日の、無表情の長身の男を思い出す。
翔の思い当たる人物を数え上げた結果だった。
とは言え、はっきりと織っているわけでは無い。
過去に2、3度顔を合わせたきり、ろくな会話もせずにすれ違う程度の縁。
まして、会った時と姿形すら変わっていれば、簡単に分かるはずも無い。
「不思議には思っていたんだ」
矢継ぎ早に翔は口を開いた。
「『白旗神社』を筆頭に、いくつかの社が気付いた頃には壊されていた」
日本には、源氏に関する寺社や地域が数多く残されている。
『白旗神社』とは、『源義経』、『武蔵坊弁慶』が祭られてある社だ。
そうして、鎌倉時代といえば、丁度、公家から武家に政が移行された区切りの時代。
当時、公家には多くの陰陽師や占者が仕えていた。
それ故に、日ノ本の国を守る『チカラ』がそこにはあった。
けれど、鎌倉の時代になり、それも破られた。
日ノ本の国を護るための封印は薄れ行き、それ故に、戦も増えた。
源氏に関する寺社や地域にのみ、封印が施されているのではない。
封印が施されている寺社や地域に、源氏が関わったのだ。
日ノ本の国を根元から覆す『鎮めの封印』を抑えること、
それ即ち、日ノ本の国を掌中に納めると同意義である。
所謂、国を治める者に対する『質』だった。
鎌倉を起こした『源頼朝』がそれに目をつけたのも道理。
「調べても天災だったし、気にはしていなかったけど」
「確かに、故意のある破壊でなければ、封印は解けないからな」
ヒトの手によって施された封印は、ヒトの手によってのみ解除される。
織っていたからこそ、『源義経』は『源頼朝』の元へと馳せ参じた。
その危険性を杞憂したのだ。
内側からならば、彼の行動も把握しやすい。
いざという時は、この手で護ることの出来るものもあるかもしれない、と。
翔は、そう、と頷く。
「ヒトの手によって壊されたものであれば…封印解除の手段だ」
速水が声を荒げ、苦痛の表情を浮かべた。
「莫迦な!日ノ本の国を沈める気か?!」
「分からない!けれど、あの方なら…」
否定しきれない可能性を示唆しながらも、もしかしたら、と考える自分がいる。
甘い、と分かっていながらも。
「『鎌倉』殿なら、有り得る、か」
悔しそうに拳を固める速水。
重々しく、翔は頷いた。
「もう、一刻の猶予も無い」
『佐助』は、彼女を渡さない、と言った。
彼女とは恐らく、翔の考えている通りの人物。
「『兄上』は、『静』を手に入れようとしている」
だのに、何故だろう。
己で言った台詞であるのに、非道く違和感がある。
気のせいだろうか。
だが、今は考えている余裕も無い。
敵の位置にいる者の、動く理由すらも分からない。
それでも、着実に破滅は近付いている。
封印解除が齎す破滅は、外側からの『破壊』ではない。
内側からの『殲滅』なのだ。
塵1つも残さないほどの。
ヒトの心さえ簡単に蝕むほどの。
「封印を、もう一度施さなければ」
「だが…封印を施すことが出来るのは」
言い難そうに、速水は唇を噛む。
「あぁ」
彼が言いたいことを理解し、空を仰いだ。





「『裏巫女・静』の、『霊鎮めの舞』だけだ」





愛しいヒトよ。
汝の手を引き、地獄へ再び舞い戻らん。




ざくり、と雪を踏み分ける音が届く。
『ならば、ひとり逃げてはくれぬか』
『逃げて何になりましょう』
ひとりの男と、ひとりの女が向かい合って言い募る。
従者達は、少し離れた場所で主を待ちわびている。
想いあっている2人を邪魔するような、邪推な人間はいない。
『吉野の山へ、私は入るわけには参りません』
吉野の山は、女人禁制。
彼女が足を踏み入れると言う事は、山神に背き、山神の怒りに触れると言うこと。
愛しい者へ、罪咎を背負わせるくらいならば、己から遠ざかりましょうぞ。
彼女は言った。
『神の怒りなど、畏れはしない』
それでも、彼女を引きとめようとする彼に、ゆっくりと首を振った。
『さぁ、お行きなさいませ』
懸命に微笑む彼女を、強く抱きしめる。
女は一瞬だけ目を見開いた。
哀しげに目を細めると、その細い腕で彼を抱き締め返す。
『必ず生きて、また逢おう』
声が震えているのが分かる。
彼のその想いだけで、彼女は十分であった。
叶うはずの無い約束だと、お互いに分かっていたとしても。
女は何度も頷いた。
『えぇ。えぇ、必ず…』
2人は離れると、正反対の道へと歩き始めた。




ぼんやりと、バスケットボールを拾う。
遙はひとつ、またひとつと片付けてはため息をついた。
広い体育館で、ボールの後片付け。
コレだけはマネージャーの仕事である。
「なんか、最近寝不足だなぁ」
目を瞬かせて、何度か擦る。
けれど、全くと言って良いほど、疲れは取れない。
睡眠時間は足りているはずなのだ。
それなのに、全く眠った気がしない。
「どうした?」
入り口付近から声がして、遙は振り返った。
見覚えのある姿に、安堵する。
「先輩」
嬉しそうに微笑み、駆け寄った。
「帰るんですか?」
「あぁ。一緒に帰ろうかと思って」
頷き、持っていた鞄を示す。
部室に置いていた彼女の鞄も共にあった。
「ちょっと待っててくださいね」
言って、ガラガラとカートを押していく。
不意に、名前を呼ばれた。
何事かと見やる。
「説破翔って、遙のクラスだよな?」
「はい…?」
いきなり何の話だろうかと、首を傾げる。
「それが、何か?」
逆光で、彼の顔が良く見えない。
微笑っているのだろうか、
それとも不機嫌そうな顔をしているのだろうか。
分からないからこそ、不安になる。
「先輩?」
「いや、すごく人気のある子だって聞いていたからさ」
彼が、あははと笑う。
つられて微笑う遥。
「綺麗な顔してますよねぇ」
言って、ハッと笑みを消す。
持っていたボールを思いっきり、沢木に向かって投げた。
「…やっぱり疑ってるんじゃないですか!」
真っ赤な顔をして叫ぶ彼女に、彼は更に笑い続ける。
「悪い、悪い」
ボールを受け取り、そのままカートへと投げ入れた。
にこ、と微笑う彼に、毒気を抜かれる。
「もぉ」
心情としては嬉しいのだ。
いつも焦ったり、うろたえたりはこちらばかり。
彼がヤキモチを妬いてくれるなど、初めてではないだろうか。
織らず織らずのうちに、口元がにやけた。
「遙?」
慌てて、ゆるんでいた顔を元に戻す。
「確かに、何か不思議なヒトではありますね」
「どんな風に?」
「どんな、って言われると困るんですけど…」
うぅむ、と唸ると、適当な言葉を捜す。
「すっごく、落ち着いていて同い年とは思えないし」
ひとり百面相をする彼女を、面白いものでも見るように眺める。
事実、見ていると面白い。
「それが、何か安心する…とも違う…」
言の葉に乗せるのであれば、きっと―――…。




―――…愛お、しい…?




己の想いとは違う所で、浮かんだ言葉に首を振る。
「…すみません、すぐ片付けますね!」
遙は、その言葉を振り切るように、急いで片付けを再開した。





舞を舞いながら、女は問う。
『何故、貴方はそうまでしてこの国を、護ろうとなさるのですか』
衣が翻り、扇が滑る。
僅かな衣擦れの音に、鼓が重なる。
『大切な者がある国を、愛おしいと想うのはおかしなことか?』
手酌の酒を飲みながら、男はふふ、と笑った。
『…本当に、おかしな御方』
『私に付いて来ると言ったそなたも、余程の変わり者ぞ』
『変わり者だからこそ、貴方に『チカラ』をお貸ししようと思ったのでございます』
舞の締めに膝をつき、扇を閉じる。
『『裏巫女』の『チカラ』。貴方様に捧げましょう』
深々と頭を下げると、桜が風に乗って座敷へと迷い込んできた。






後ろから、こつん、と頭を小突かれる。
「こぉら、遙。顔が緩んでるぞ?」
遙の友人、鈴は買ってきた缶ジュースを差し出した。
冷たいジュースを受け取ると、栓を開ける。
プシ、と炭酸が抜ける音がした。
鈴は芝生に腰掛ける。
「理恵ちゃんは?」
「生活指導。髪の色で捕まってやんの」
ぐい、と彼女は一気にジュースを煽った。
苦笑しながら、遙は自分の缶に口をつける。
「で?」
悪戯っぽく微笑うと、遙の顔を覗き込んでくる鈴。
何のことだか分からずに、首を傾げる。
「へ?」
「何で緩んでいるのかな、その顔は」
言われた途端、真っ赤になる。
「なーんか、倖せだなぁって」
遙は笑いながら、頬を掻く。
「そりゃあ、皆の人気者を独り占めにしてりゃあね」
「鈴ちゃんっ」
慌てて、彼女の口を塞ごうと手を伸ばす。
身長も腕の長さも、鈴の方が上だ。
届くことなく、それは遮られた。
「事実っしょ?沢木先輩ファンから恨まれてるぞ」
「それは…そうだ、けど」
もごもごと、口を動かす。
耳まで真っ赤にして、彼女は俯いた。
「ま、アンタが倖せならいいけどね」
鈴は、残りの中身を飲み干すと、近くのゴミ箱に投げ入れた。
乾いた音がして、上手い具合に入る。
「…うん」
遙は、不意に表情を曇らせたが、
鈴はそれには気付かなかった。



そう、倖せなのだ。
倖せなのに何故だろう。
どうしようもないほどの、焦燥感を覚える。
否、少し違うかもしれない。
何かが襲い来る様な、不可思議な感覚。
もし、それが正しかったとするならば、逃げてはならない。
立ち向かわなければならない。
何故か、そんな感じがした。



「伽津木さん」
呼ばれて、遙は手元から顔を上げた。
昼休み。
5限目の授業の予習だろう。
辞書を片手に悪戦苦闘している遙がいた。
「少し、いいかな」
翔が声をかけると、さぁ、と顔が青くなる。
何事かと後ずされば、遙はパニックを起こしたのか、机へとつっぷした。
「悪いけど見ての通り、私、ヒトに教えられることなんて無いのよ〜っ」
涙目になりながら、がりがりとノートに書き込む。
そんな彼女の前に、自分のノートを差し出す。
「写して良いよ」
彼は微笑む。
遙が受け取って、ぱらぱらと捲れば完璧と言えるほどに予習がしてあった。
「いいの?」
「僕も速水から教えてもらったから」
どういう関係なのだろうと思いつつも、全く別の感想が生まれた。
(あのヒト、結構賢いのね…)
あぁ見えて頭が良いんだよ、と翔は苦笑した。
考えていたことを見抜かれたようで、遙は紅くなる。
「宿題のことじゃないんだ」
礼を言うと、急いでノートを書き写す。
耳だけを傾けて、遙は先を促した。
「伽津木さんって、『舞』を舞える?」
唐突な質問に、彼女は顔を上げる。
「『舞』?日舞みたいなの?」
「まぁ、そんなとこ」
きょとんと、首を傾げると、弾けるように笑い出す。
「まっさか!ピアノだって弾けないのに」
遙はそう言うと、再び、ノートと格闘を始めた。



(…覚醒していない彼女を、巻き込むことになるのか)



最も避けたかった事態が、刻一刻と迫っている。
表に出さないまでも、彼の心の内にじわりと焦りが生まれる。
噤まれた口に、遙は別の話題を振った。
「私、そんなにしとやかに見える?」
「ううん、全然」
冗談で言った台詞に、至極真面目に返されて、
遙は引きつった笑みを浮かべた。
素で返されたものこそが、本心である確率は極めて高い。
「言ってくれるねー?」
言われて、翔は僅かに頬を染める。
今、気付いたように、口を抑えた。
「ゴメン!そういうつもりじゃあ…」
珍しく、というよりも初めて見た彼のうろたえる様子に、彼女は噴出した。
笑われたことで、益々顔を紅くする。
始業のチャイムが鳴り響いた。
「僕、席に戻るね」
くるりと踵を返す彼の背中を見た瞬間、遙は心臓が大きく鳴るのが分かる。
重なる、『誰か』の後姿。
懐かしいような、不可思議な感覚。
けれど、それはすぐに失われ、見えたはずの後姿さえも立ち消えた。
心臓を鷲掴みにされたような、息苦しさすら感じる。


『…どう…か…』


とっさに、彼の腕を掴む。
「え?」
「あれ?」
腕を掴んだ遙ですら、素っ頓狂な声をあげる。
慌てて、その手を離した。
「…伽津木さん?」
手をヒラヒラさせて、頭が取れるのではないかという程、首を振る。
「ご、ごめん!」
「う、ん…?」
勝手に動いた。
そう言っても過言ではなかった。
しかし、言ったところで、何の現実味も無い。
へたな言い訳だと、自分とて思う。
遙は引きつった笑みを浮かべたまま、必死に言い訳を考えた。






『    』





突然閃く、誰かの名前。
遙は勢い良く頭を上げる。
「どした?」
問われたことにも気付かずに、彼女はただ、瞬きを繰り返す。
思いついた誰かの名前を、音にしたくて、けれど成すべき音が見当たらない。
「遙?」
そうしてそれは、目の前にいる愛しいヒトの名前では、決して無い。
「…あ…?」
目の前で手を振られ、ようやく正気に戻る。
沢木は苦笑して、珈琲をソーサに乗せた。
映画を見て、その後、喫茶店に立ち寄った。
遙は思い出すと、バツの悪そうに俯く。
「す、すみません」
頼んだフルーツパフェには、ひとくちも手がつけられていない。
彼女の前に置かれたスプーンを取ると、
沢木はアイスクリームの部分をひとすくい持ち上げた。
「いらないなら、貰うぞ?」
「食べます」
がっし、と彼の手ごとスプーンを掴む。
スプーンに載せられたアイスを口に含むと、彼の手からソレを受け取った。
その様子を見ながら、沢木は頷く。
「それでこそ遙だ」
口を動かしながら、むぅ、と口を尖らせる。
「どういう意味ですか」
返事の変わりに笑うと、彼は珈琲を口に運んだ。
ガラス張りの店内を見回せば、すぐ脇の歩道にたくさんのヒトが歩いている。
こちらには誰1人見向きもしない。
マジックミラーにでもなっているのだろう。
落ち着いた雰囲気の店内は、クラシックが時折、耳に届く。
「あ」
何かに気付いたのか、遙は外を指差す。
彼もそちらを見やった。
「説破君だ」
「一緒にいるのは…速水か」
彼の発した台詞に、思わず尋ね返す。
溶けかかったアイスクリームを慌てて舐める。
「織ってるんですか?」
パフェのてっぺんのチェリーをつまみ、沢木は口に放り込む。
「織ってるも何も、同じクラスだよ」
大好きなチェリーを取られたことに腹を立てたのか、
生クリームを彼の珈琲にひとすくい落とす。
彼はフルーツの甘いものは大丈夫だが、
アイスクリーム等の甘いものは大の苦手だ。
織っていての嫌がらせである。
「見かけあんなだけど、全国1位って奴だもんな」
しかも、家は花道家元だという、意外な事実にも遙は驚く。
沢木は生クリームを消すように、スプーンでぐるぐるに珈琲をかき回した。
「頭いいのは織ってましたけど、そんなに良いんですか?!」
「何で織ってんの?」
甘くなってしまった珈琲を、一気に流し込む。
「前に、説破君にノート見せてもらった時に、教えてもらったって聞きましたから」
少々、涙目になりながら、沢木は俯く。
よっぽど甘かったらしい。
「へぇ」
「そう言えば、説破君たら失礼なんです!」
彼の様子も気にせず、遙は目の前のパフェを平らげていく。
してやったりとばかりに、べ、と舌を出した。
「日舞出来る?って聞いてくるから、私しとやかに見えるのって聞き返したんですよ」
一緒にあったフォークで飾りの林檎を刺すと、沢木に差し出す。
口直しを受け取って、ひとくち齧った。
「そしたら、全然見えないって言うんですよ」
頬を膨らませて、ぱくりとオレンジを食む。
甘酸っぱさが口に広がった。
「でも、その後、すっごくうろたえちゃって」
果物から先に食べれば良かったと思いながら、飲み込んだ。
言いながら、翔の顔を思い出して噴出す。
「可愛かったなぁ」
「それ、彼氏の前で言うか?」
「え…、あ、スミマセンッッ!!」
自分としては、世間話をしてるつもりであったが、
考えてみれば別の男の話である。
気付いて、思わず謝った。
「最近、彼の話をよく聞くしなぁ」
「そんな、つもりは…」



―――無かったと、言い切れる?



心の葛藤と、いつもとは違う彼の雰囲気に、遙は焦り始める。
(先輩、怒った…?)
沢木は遙の手を握り、口元へと引き寄せた。
「…俺だけを、見ていろ」
手の平に、口付ける。





「せ、んぱ…?」





ぞくり、と悪寒すら感じた。
けれど、どうして感じたのか分からない。





手を強引に振り解くと、遙は織らず立ち上がった。
静かな店内にガタン、と大きな音が響く。
「…わた、し、そろそろ、帰りますね…っ」
ぎこちなく笑みを作ると、荷物を持って店を出た。
彼は、呼び止めはしなかった。




(先輩を、怖いと思うなんて…!)




走りながら、涙が溢れてくる。
怖いと思った自分が情けなかった。
きっと、彼を怒らせたのは自分であるのに。
「!」
「っと」
目の前にあった人影にぶつかりかけ、遙は思わず目を閉じる。
しかし、次の瞬間あるはずの衝撃はいつまでたっても訪れなかった。
「いー加減、目を開けてくれないかなあ?」
掴まれた腕から上を見上げると、明るい茶色が目に入る。
逆光で一瞬顔が見えなかったが、目が慣れるとすぐに気付いた。
「速水、さん…?」
「おっ。憶えててくれたの?嬉しいねぇ」
軽く笑うと、遙の顔を覗き込んだ。
すぐに、隣にいた彼よりの小柄な少年が肘で、脇を小突く。
「早々とその手を離せ、速水」
気のせいだろうか。
少し不機嫌に見える。
「…説破君」
ぱちくりと瞬きすると、目にたまっていた涙が再び零れ出す。
安心したのか、彼女は声を上げて泣き出した。
ついでに、男2人が慌て出したことも、付け加えておこう。







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